ゲイブログを書く前後<11>

 雨の中、薬院まで歩いてたどり着いたのはライブ会場というか……居酒屋兼ライブもできますという地下に続く階段を降りた狭い場所だった。ボクより前に来ていたのは8人たらずだった。もともと最大で30人くらいしか収容できなかったけど、それでも参加人数の少なさに驚いた。ワンドリンク制だったので、適当にカクテルを選んで席に着いた。ボクの座った隣の席では40代後半くらいの女性がいて、予め席に置いてあった広報のチラシを食い入るように見ていた。

 思ったより人が少なそうだな……関東で活動している歌手だし仕方がないよな。でも人が少なくて歌う方もつらいだろうな。

 そう思っていた。過去に数千は収容できるホールのライブにしか行ったことはなかったから、その落差に面食らっていた。先に来ている8人の観客も本格的にビールを飲んでいて、ライブが目的ではなさそうなお爺さんもいた。そのうち2人もカメラを持ったりと関係者ぽい人だった。その後も開始時間までに来た客は7人くらいで観客席はガラガラだった。

 しばらくして開始時間が来ると、後ろから「こんにちわ」と挨拶をしながら歌手が現れた。そして前の席に座ってギターを持って歌い始めた。バックのミュージシャンもいなかった。最初から最後まで1人で弾き語りをしていた。

 透明で綺麗な声だった。

 初めて聴く歌ばかりだったけど、シンプルな歌詞ですっと心の中に響いてきた。

 ボクは他の観客を見た。隣に座っている女性がすごく嬉しそうな顔をして音がしないように優しく手を叩いてリズムに乗っていた。「この人……楽しみにしてたんだろうな」と思うと、こっちまで嬉しくなってきた。ただ他の観客に目を移すと、お酒を飲むことに没頭している人たちや、ライブハウスのオーナーと話す人たちもいて、なんだか純粋に歌を聴くために来たというよりは、「観客が少ないから数合わせで呼ばれたんじゃないだろうか?」と思える人たちが多くいた。

 もしかして……このライブハウスにいる観客で、この歌手の歌を純粋に聴きたくて来ている人って5人〜7人いるかどうかじゃないかな。

 なんとなく観客の雰囲気を見てそう感じた。このライブハウスのオーナーと知り合いの人たちや、もともと常連で来ている人たちが多いように感じた。

 後半に差し掛かった時だった。

 一番前のど真ん中の席に座っている観客が怪しい動きを始めた。

 アルコールがまわったのか歌手の真正面で頭をこっくりこっくりと揺らしながら寝始めた。歌が終わって拍手が始まると目を覚まして一緒に拍手をして、またこっくりこっくりと寝ることを繰り返していた。

 ボクは歌手の顔をじっと見ていた。

 彼が目の前で寝ている観客に気がつかないはずがなかった。どんな気持ちなのかを感情を読み取ろうとじっと見ていた。それでも彼は真正面で寝ている観客を気にする様子もなく淡々と歌い続けていた。

 そしてボクは吸い寄せられるように、このライブのチケットを予約した自分の本当の気持ちに気がついた。

 ボクがこのライブハウスまで来た本当の理由は1つだった。

 この人……なんで歌を歌い続けてるんだろう?
 
 その理由が知りたかったんだと思った。

 10年ぶりに彼の歌を思い出して聴いて、彼の現状を知ってから、ずっと彼が歌い続けている理由が知りたかった。喉を壊して2年間も活動を休止している間に、以前のファンの多くは離れているだろうと思った。一度、離れたファンが戻って来るのは難しそうだった。また喉を壊すのではないかという恐怖心もあるのではないか?と思っていた。もし……喉を再び壊したら復帰も難しいだろうと思った。色々なものを抱えながら歌い続けている彼のことが気になっていた。

 ボクはなぜ『工藤慎太郎』という歌手が歌い続けているのか、それだけが気になってこのライブハウスまで来ていた。

<つづく>