同性愛者として生きる決意<1>

大学生になって間もなく1年が過ぎようとしていた。大学時代の目標として立てた「大学時代からはカミングアウトせず、同性愛者であることを隠して生きる」いう目標は達成していた。しかし同性愛者として隠れて生きることに限界も感じていた時期だった。ボクは大学の後期テストも終わって、春休みに入り実家に帰省していた。

「神原さんも帰省してる?一緒に遊ばない?」

中学時代や高校時代の同級生から誘いのメールが来ていた。田舎の町だから特に遊ぶ場所もなく、同じように実家に帰省している友達も暇のようだ。でもボクは友人から遊びの誘いを断り続けていた。

「大学時代からは同性愛者であること隠して生きると決めたし、ここで彼らと会うと中学時代や高校時代のカミングアウトしていたホモキャラに戻ってしまう。それは絶対に阻止する!」

そう決意したボクは友達とは会わずに、本を読んだり映画を見たりして、春休みをゆっくり過ごしていた。ある晴れた日だった。読む本がなくなったボクは本を買うため外出した。のんびりとした春の日差しの中、電車に乗って家から少し離れた大型書店に来ていた。小説コーナーに行って気になった本をかたっぱしから手に取り、レジに向かおうとしていた時、ボクの名前を呼ぶ声がした。

「神原さんだ!」

店内に響き渡るほどの大きな声で名前と呼ばれたボクは、声が聞こえた方向を振り返った。

「あっ・・・」

ボクは言葉が出なかった。声をかけてきた人はボクが同性愛に目覚めるきっかけになったN君だった。この大型書店はボクの家から離れていたけど、N君の家の近所だったのだ。声をかけてきたN君は嬉しそうに話しかけてきた。

「会うのは中学卒業以来だね!」

ボクとN君は中学卒業後は別々の高校に通うことになったのだ。

「そ・・・そうだね」

思いもよらない人との遭遇でボクは焦っていた。

「元気だった?」

「うん・・・」

ボクがなかなか落ち着かない理由は一つ。中学時代とは違いボクの気持ちをN君が知っていることだった。ボクはN君のことを好きだった。そしてボクがN君のことを好きなのを同級生の大半が知っていた。しかし何故か中学時代のN君はボクの気持ちに気づいていなかったのだ。N君がボクの気持ちに気づいたのは中学を卒業してからになる。中学卒業後に中学時代の同級生がN君に秘密を暴露したのだ。

「そういえば神原がN君のこと好きだったのをようやくN君本人が知ったみたいだよ」

「え・・・なんでN君が気づいたの?」

「だって俺が話したから!」

ボクは暴露した同級生本人からN君の反応を知ることができた。

「それで・・・N君の反応はどうだった?」

聞くのは怖かったけど、確かめずにはいられなかった。

「う〜ん。驚いていたけど特に反応はなかったよ。困ってはいたよ」

その返事を聞いたボクは心底ホッとした。

「N君ってボクが好きなのを知らなかったんだよね?」

「そうみたい。お前も変わってるけどN君も変わってるよ。同級生の大半がお前がホモだって知ってるのに好意を持たれてる本人が知らないとかおかしいよ」

ボクは暴露した同級生を責めることはできなかった。元はといえばN君のことを好きだとカミングアウトしたボクが悪いのだ。N君に迷惑をかける原因を作ったのはボク自身だった。

そして今、ボクの気持ちを知ったN君が目の前にいる。N君の姿は中学時代の面影を残したまま、少し背が伸びていた。はじめて自転車置き場であった時と同じように、気軽に声をかけてきて、ボクが好きになった当時のままだった。

<つづく>