同性への憧れと恋愛の境界線<2>

 ある日塾に行くと、ボクが来たのと入れ替わりに、先生が小学生の生徒の送迎をするため出かけていった。先生が送迎でいなくなることはよくあったので、ボクは窓を開けて席に着き教科書やノートを開いて勉強をしている振りを装った。

 先生は三十分近くは戻って来ないだろう。

 季節は秋になり、網戸越しに外から鈴虫の鳴き声が聞こえていた。ボクは耳を澄まして鳴き声を聞きながら物思いにふけっていた。

 そんな時、玄関が開く音がした。そして靴を脱いで廊下を歩く音が聞こえてきた。教室は三室ほどあったけど、ボクのいる教室にどんどん近づいて来ているのを感じた。

 先生が思ったより早く戻った来たのかな。

 ボクは鉛筆を持ってノートに何かを書き込み、真面目に勉強しているかのような振りを装った。ちょうどその時、教室のドアが開いた。上目遣いに見ると、見知らぬ男性がそこにいた。その男性とボクは正面から目が合ってしまった。目が合った瞬間だった。

「おっす!」

 軽く手を上げてその男性はボクに声をかけて来た。

「こんばんわ」

 慌ててボクは挨拶した。全く知らない人から「おっす!」と声をかけられ、面食らっていた。この塾で初めて見る顔だった。初対面で会っていきなり「おっす!」とか変わった人だな。まるで不審者を見るかのようにボクはその男性を見た。

 彼はこの塾に通い慣れているのか、余っている席に着いて、カバンから筆箱や参考書を出して、黙々と勉強し始めた。彼がいる手前、ボクもノートに何かを書いて勉強している振りをした。そして彼の様子を伺っていた。

 彼はメガネをかけて、ジャージのような室内用の服装でとても地味だった。物静かで真面目そうな感じがした。落ち着いた雰囲気から、ボクよりは一歳か二歳は年上のように思えた。

 しばらくすると彼は急に手の平を合わせて、指の骨をボキボキと鳴らし始めた。それから一分経っても二分経っても鳴らすのを止めようとしなかった。室内に二人だけの状態で、彼の骨がボキボキとずっと鳴り響くのである。彼はボクがいることを全く気にしていないようだった。

 この人はマイペースで相当に性格が変わってるな。それが彼への第一印象だった。

 そんな彼との出会いが、現在に到るまでボクに影響を与えることになるとは夢にも思わなかった。 

<つづく>