「そういえば、兄の中学校の運動会でお会いしましたよね。一緒にご飯を食べて、遊んでもらったことがありましたよね」
兄の話の流れで、自然と本題に触れることができた。
「あぁ……そんなこともあったね。よく覚えてるね」
実は母親から指摘されて思い出したのだが、そのことは黙っていた。
「あの時はありがとうございました」
彼は一人で「そういえば、そんなことあったね」と思い出しては懐かしがっていた。
「そろそろセンター試験ですよね?」
「うん。数学はいいけど、国語をどうにかしないとマズいんだけど……塾で数学ばかり勉強してても、どうしようもない」
ボクと得意科目が真逆だなと思っておかしかった。
「頑張ってくださいね」
ボクは心から思いながら言った。
「ありがとう」
少し照れながら彼は頭を下げた。その後、しばらくすると先生が帰って来てボクらの会話が終わった。
何事もなかったかのように時間が流れ、塾から帰る時間になった。最後にそれとなく彼の姿を目に焼き付けていた。「これで彼と塾で会うのは最後かもしれない」。そう予感していた。十分に目に焼き付けた後、いつもと変わらない感じで先生に挨拶をしてから塾から出た。
ボクは自転車をゆっくりと押して帰りながら泣いていた。親の前で泣くことなんてできない。涙が止まるまで家に帰ることができなかった。
彼とは家に帰る道が途中まで一緒なので、もしかしたら後ろから現れるかもしれないと未練がましく期待していた。でも同性からこんな気持ちを抱かれても気持ち悪いだろうとも考えていた。彼からすればボクの気持ちなんて、ただの迷惑だろうと思った。
彼がボクの存在を覚えてくれているだけでも嬉しかった。
その後、センター試験が始まり、本格的な受験期間が到来した。彼と塾で顔を合わしたのはこれで最後になった。
彼との出会いから、二十年近くの時が流れた。ボクの中では未だに彼への思いが残っているようだ。ボクが好きになる人は、いつも何となく彼に似ていた。有料ハッテン場で初めて肉体関係を持った人も少し彼に似た人だった。街中でなんとなく人を眺めている時も、彼に似た人がいたら、いつも目で追いかけてしまう。そして高校一年の彼との出会いを思い出しては切なくなってしまう。
二人きりでほとんど会話もしていない関係なのに、ずっと彼の面影を探して生きてきた。
<つづく>