同性への憧れと恋愛の境界線<11>

 彼は高校を卒業して、他県の大学の医学部に合格した。
 
 ボクはというと、苦手だった数学を暗記科目のようにして、なんとか乗り切ることに成功した。教科書や問題集の答えを意味も分からないまま暗記してしまうことで、なんとか定期試験を乗り切っていた。もともと私立大学の文系コースで大学受験をすることを考えていたので、数学は定期試験さえパスできれば問題がなかった。

 高校二年生になって友達の家に遊びに行った時だった。

 部屋の本棚に彼の高校の卒業文集があるのが目についた。友達の兄が彼と同じ高校の卒業生だったようで、背表紙のタイトルを見た瞬間に、彼が卒業した年の物だとわかった。ボクは友達から許可を得て、本棚から取り出して、彼の名前を探してページをめくった。彼の名前はすぐに見つかった。

 ボクは興味が無さそうな雰囲気を醸し出しながら、友達にバレないように、何度も同じ文書を読み直していた。文集には彼が医師になりたいという決意に至った理由や経緯が綴られていて、理路整然とした内容がとても彼らしいと思った。国語は苦手だと言っていたけど、確かに文章は下手だった。でも彼の強い思いは伝わって来た。彼の書いた、たどたどしい文字を読みながら、微笑みそうになるのを必死にこらえながら読んだ。
 
 大学卒業後、彼は医師になって実家近くの総合病院に勤務している。これらは母親同士の会話から入って来た情報だ。ボクが彼に憧れているのを母親も何となく気づいているようで、新しい情報が入ると定期的に話してくれた。恥ずかしい話だが、彼の話を聞いている時、ボクの顔には隠しきれない嬉しさが滲み出てるんだと思う。

 お互いの家が近いからか、その後、何度か彼とすれ違ったことがある。立ち止まって会話することはないけど、「おっす!」とお決まりの挨拶を交わしていた。すれ違った後、ボクは道端で幸せを噛みしめて笑っていた。彼と出会って二十年近く経ったけど、未だに彼の実家近くを通り過ぎる時、彼の姿を探している自分がいる。

 ボクの中で同性を好きになる時は、「この人が好きだ」という気持ちと「この人のようになりたい」という憧れの気持ちが同時に存在している。ボク自身が、好きになった人に近づくことで、なんとなく自分の中で、その人と一緒に生きているような気がしていた。そして人を好きになる度に、取るに足らないボクという人間が、少しづつ良い方向に変わって行ってると思う。同性を好きになっても、その恋愛が実ることはなくて辛いけど、彼らを好きになったということは後悔していない。

<終わり>