カミングアウトの代償<9>

 手紙の出だしを少し読んだだけで不幸の手紙ではないことはわかった。この手紙はラブレターだった。

 ラブレターをもらうのはこれが二度目だった。初めてラブレターをもらったのは、小学五年生の時だった。ちなみにラブレターを初めて送ってくれたのはもちろん女性からだ。それはボクが同性愛者になる前の話だ。

 小学校から家に帰ってランドセルを開けて、カバンの中身の物を取り出していると、教科書とノートの間に手紙が挟んであることに気づいた。その手紙は同じクラスで近所に住んでいる女の子からだった。いつも仲良く学校で遊んでいる女の子で、ボクは友達感覚で接していたんだけれど、彼女そうではなかったようだ。女の子から初めて手紙をもらって、どう対応したらいいのか戸惑ったことは覚えているけど、手紙の内容をよく覚えていない。

 いつも優しくて好き。

 そう書いてあった気がする。翌日、その女の子と会った時、「手紙読んだよ」と声をかけたら喜んで笑っていた。喜んでいるならそれでいいやと思い、その後もいつも通りに一緒に遊んで中学校からは別々になってしまった。 

 河川敷の土手には車が一台ほど通ることができる道がある。ボクは自転車から降りて手紙を読みながら土手を歩いた。

 その手紙にはA4用紙が一枚入っていて、女性らしい文字で沢山書かれていた。その中に気になる言葉があった。

 いつも笑顔で仲良く話している姿が好きです。
 
 彼女の手紙のいたるところに、沢山の人と笑顔で話している姿が好きですといった言葉があった。ボクはその手紙を読んで複雑な気持ちになっていた。彼女が好きと言ってくれた箇所は、自分の中で最も嫌っている所だった。ボクの本性は、人付き合いもよくないし明るく陽気な性格ではなかった。

 彼女は遠くから見ているだけで、まさかボクがホモのキャラクターを演じて同級生と仲良く話しているなんて思いもしないんだろうな。そんな彼女がボクの本当の姿を知ったら幻滅するだろうな。そう思いながら苦笑していた。彼女が頑張って書いた文字を見ると心が痛んだ。

 多かれ少なかれ人間は、人前では本来の自分とは別の人間を演じているものだと思う。でもボクにはその演じることが、とても精神的に負担になっていた。同級生の前で、ホモのキャラクターをノリよく演じている自分に吐き気がしていた。そんな自分の嫌いなキャラクターを見て好きだと言ってもらえるのは複雑な気持ちだった。

 でも知らない相手からでも、好きと言われるのは嬉しかった。同性を相手に告白するしかないハードルの高い恋愛をしている同性愛者ならこの気持ちはわかってくれるのではないかと思う。

 この手紙を家に持って帰ることもできない。学校に持っていくこともできない。ボクは自転車を停めて、土手から河川敷に降りた。

 ありがとう。嬉しかったよ。

 ボクはそう心の中で呟いて、手紙を破って川に流した。

<つづく>