カミングアウトの代償<11>

 ボクはなるべく教室から出ないようにして、ずっと松田君と一緒に雑談をして過ごした。マイペースな彼と一緒に話している時だけが、学校で唯一心が落ち着ける時間だった。その日は何事もなく過ぎ去った。そして数日後、下校の時だった。松田君と一緒に自転車を校門に向かって歩いていると、少し離れた所から三人組の女子生徒の視線がボクらの方に向けらていることに気づいた。    

 あぁ……例の三人組だ。

 気づいたボクは、あえて彼女らと目を合わせないようにして校門から出て行った。その日から、下校時間になると、三日に一度くらいの割合で、彼女らが少し離れた場所でキャーキャー騒ぎながら、こちらの方を見ているのがわかった。ボクはひたすら彼女らの方に視線を向けないようにしていた。他の同級生も彼女らの視線に気づいているけど無視しているようだった。

 結局は誰も直接、彼女に本当のことを伝える勇気なんてないのかもしれない。

「あなたの手紙を渡した神原ってホモなんですよ」

 よくよく考えてみると、大して仲もよくない女性に対して言うには相当にハードルの高い言葉のような気がした。

 ボクの心配は杞憂に終わったと思っていたいた。そんなある日だった。

 休み時間に同級生達で集まって話している時だった。
 
「そうそう。神原にラブレターを渡した女の子だけど。神原がホモだって知ったらしいよ」

 メンバーの一人が得意満面に話し出した。

「どうやって知らせたの?」

 他の同級生達も興味深々だった。

「塾で●●科の女の子がいるから、その子経由で伝えてもらったんだ」

 周囲の同級生は、「おぉ〜」とか「へぇ〜」とか驚きの声を上げていた。ボクは一言も発せずにその話を聴いていた。まるで大して問題がないかのように、ひたすら感情を表に出さないようにして聞いていた。意外なことに、その同級生に対して怒りの感情は持てなかった。そもそも悪いのは不用意にカミングアウトしていたボクの方だと思っていた。

 その同級生の言っていることが本当かは疑わしかった。しかし、その話を聞いた日から、彼女はボクの前から姿を消してしまった。ボクの視界に、あの三人組の姿が入ることは二度となかった。

 同性愛者でごめんね。

 そう心の中で思っていた。彼女はボクが同性愛者であることを聞いて、どんなことを思っただろう。彼女がどんな感情を抱いたのか知る術もないけど、大人になった今でも当時を思い出す度に心が痛んでしまう。女性に関心を持てないボクは最後まで彼女の顔をきちんと覚えることができなかった。

 そんな出来事があって、ボクはますます学校を休む日が増えていった。しかし元のように学校に通い出す日が突然にやって来る。それは二つの出来事がきっかけだった。

<つづく>