住吉奇譚集<1>

 立ち止まったボクの目の前にはビルの谷間の不自然な門構えの一軒家があった。

 ここは福岡市内の住吉。福岡のゲイタウンである。規模は全く違うけれど、東京でいうところの新宿二丁目のような場所にあたる。

 ボクは西鉄天神・大牟田線の沿線沿いに住んでいる。ボクの住む街には有料ハッテン場がないので、遊びに行くには車か西鉄電車を使って福岡市内にまで出てくる必要がある。西鉄電車を使って住吉に行くには、天神駅より薬院駅で降りた方が近い。しかし、ボクは天神の喫茶店でコーヒーを飲んでから住吉に行くことに決めて、シャワーを浴び身だしなみを整えてから電車に乗った。

 久々の三連休だな。

 珍しく土曜から月曜までの三連休が取れた。ボクは前々からとある計画を立てていて、ずっとその計画を実行に移す日が来るのを待っていた。

 今日は土曜の夜。翌朝まで遊んでも、日曜と月曜は休みだし、生活のリズムが不規則になっても元に戻るだろうと考えていた。ボクは普段はとても規則正しい生活を送っているので、朝まで遊んだのは、社会人の三年目くらいが最後だった。

 二十一時を過ぎてた。信号機の故障で電車は遅れていたけど、この時間帯に上りの電車を使用する客は少なかった。電車が動き出すとボクの住んでいた街はどんどん遠ざかっていった。

「有料ハッテン場に行く姿を知ってる人に見られたくないな」

 ボクは遠ざかる街の明かりを見ながら、そう思っていた。ボクの年齢ぐらいの職場の同僚達は、当然のごとく結婚して子供を作って家を建てて家庭を築きあげていた。何だか遠ざかって行く街の明かりを見ていると酷く自分が惨めて思えてきた。さっき駅のホームで職場の見知った顔がいた。ボクは慌てて姿を隠したのだ。

「こんな時間に福岡市に遊びに行くなんて言っても、不審に思われるかもしれないし、付き合ってる女性がいるとか勘違いされても困るよな」

 恐らく同じ電車に乗っているので、顔を合わせないように細心の注意を払っていた。

 福岡市内に近づくにつれて、窓の外はビルがどんどん増えていった。窓の外を見ていると、先ほどの惨めな気持ちは徐々に薄れてきて、いつのまにか今日の夜はどんな夜になるんだろうと期待を胸に膨らませていた。
 
<つづく>