職場でゲイとして生きること<5>

 キャバラクラの記憶。

 そこには一度だけ上司との付き合いで一緒に行くことになったが、ほとんど記憶がない。正確に言うと記憶がないと言うよりは、何もしていないのだ。ただその場にいて、時間だけが過ぎていったのだ。

 一緒にいったメンバーの誰々が、どこかの会社の社長や部長や課長という設定にしておいて、くだらないトークで盛り上がっていたはずだ。ボクは、ずっと愛想笑いを浮かべて時間が過ぎるのを待っていた。ゲイな上に人付き合いが苦手なボクには地獄のような時間だった。

 むしろボクの中で、はっきりとした記憶があるのは、キャバクラを出てからだった。

 そんな地獄のような時間が終わってから、キャバクラを出ると、流れで三次会に行こうというメンバーが現れた。

 ちょうどキャバクラのあった店は歓楽街の入り口手前にあって、奥に進むと沢山のバーや飲み屋があった。ボクを除く三人は危ない足取りになっていて、ふらふらしながら歓楽街に入っていった。本当は帰りたかったけれど、他のメンバーの足取りが危なすぎるので、酔っ払っていないボクが付いていないといけないと思っていた。

 歓楽街に入ったすぐ手前のホテルの路地裏に外国人の娼婦たちが立っていた。見た目だけでは、どこの国の人かは分からなかかったけれど、恐らくタイあたりの人だと思った。彼女たちはボクらに声をかけてきて、同僚の腕にすがりついてきた。彼女らの中から、一人の女性がボクに狙いを定めて愛想のようさそうな表情を作って近寄って来た。

「お兄さんカッコいい」

「いえ……そうでもないです」

 ボクは慌てて手を顔の前で振りながら、否定した。

「お兄さんカッコいい」

 彼女は少し首を傾げながら、困ったような顔をした。

「カッコいい」

 そう言って、何度も同じ言葉を繰り返していた。ボクはいたたまれなくなった。きっとこの言葉だけ覚えておけばよいと、一緒にいる仲間や店の人から言われたんだろうなと思った。彼女はどんどんボクに近づいきた。ボクは困って同僚たちに目を移すと、みんな揃って外国人の女性たちと路地裏で抱き合ったりキスしたりしていた。ボクは目が点になっていた。一軒の飲み屋を出た時から、同僚たちの動きや呂律は怪しかったが、二軒目のキャバクラで調子に乗って飲んで完全に出来上がっているようだった。

 「あの……これからどうします?」

 同僚に声をかけたが女性と抱き合うのに夢中で、誰も反応はなかった。普段は真面目に一緒に仕事をしている彼らのこんな姿を見たくはなかった。それより問題はボクの相手をしようしている女性だった。ボクは彼女をどう扱っていいのか途方にくれてしまった。

<つづく>