カミングアウトの代償<20>

  この章の冒頭にも書いたけど、ボクにはカミングウトをすることがいいことなのか分からない。でもこれだけは言える。カミングアウトは、ボクのように軽い気持ちでしてはいけない。人生が大きく変わる覚悟を持ってからしなくてはならない。

 カミングアウトをすれば、学年全体に広がる覚悟が必要だ。親の耳にも入る覚悟が必要だ。もしカミングアウトをしたらよいか悩んでいる中学生や高校生がいたら、そこまでの覚悟がない状態でカミングアウトをするのは止めたほうがよいと伝えたい。そしてもう一つ重要なことは、カミングアウトして好きな人に告白をしようが、好きになった相手がゲイでない限り、どうあがいても状況は変わらない。それに告白してしまうと、好きな相手にも迷惑がかかってしまう可能性がある。

 ゲイであることを隠して生きるのがつらくて、カミングウトをする人もいるかもしれないけど、ボクの体験について言えば、高校時時代にホモのキャラクターを演じることを止めた後は、大学時代からはノンケのキャラクターを演じることになり、社会人になってからはホモとノンケのキャラクターの中間のキャラを演じるという、これまた面倒なキャラクターを演じることになる。現在のボクはノンケのキャラクターを演じる状態に戻っているけど、同性愛者同士で接する時しか、本当の自分とは違う姿を演じるということに関しては解決できないのかもしれない(ただ同性愛者にもいろいろなタイプの人がいるけど)。

 カミングアウトに関しては、マイナス面ばかりが思い浮かぶ。プラスの面を上げるとしたら、散々に変人扱いされて、傷つけられるような言葉を浴びせられたおかげで、大人になったボクはかなり精神的に強い人になったということぐらいだ。そしてもう一つは、とても少ないけど、何人かは同性愛者としてではなく普通の人と接してくれる人がいて、ボクはその人たちと出会えたことで、中学時代や高校時代を乗り越えてこられた。多くの人に受け入れてもらえなくても、例え一人でも誰かに受け入れてもらえれば、人は生きていけるということを学んだことだ。

<終わり>