職場でゲイとして生きること<10>

 その日は、それきりボクの話題には触れることなく終わった。そして数ヶ月の時間が流れて、特に同じ話題にならなかったので、ボクの中で上司の言葉も徐々に薄れていった。

 そんなある日、あるプロジェクトが終わって打ち上げの飲み会をするため、会社近くの飲み屋に十人近くのメンバーが集まって飲んでいる時だった。全員がいい感じで酔いが回っていた。ボクは近くに座ったメンバーと当たり障りのない会話をしていると、例の上司がボクの隣に腰を下ろして座った。そしてボクに向かって言った。

「神原〜〜お前に訊きたいことがあるんだけどさ〜〜」

 よく上司の顔を見ると完全に酔っ払っていた。

「はいはい……訊きたいことって何ですか?」

「神原ってさ……絶対にホモだろ!」

 おっと……忘れていたけど、この場で蒸し返されるなんて思いもしなかった。理由はわからないけど言葉が「おかま」から「ホモ」に変わっていた。ボクは暗い表情をしていては絶対に駄目だと思った。ここで暗い表情をしたらゲイだということを認めてしまうことになる。ボクは明るい表情を作って質問した。

「例えばどんなところがホモぽい感じがするんですか?」

「はじめて神原をホモぽいと思ったのは、会社のビルの中から、通勤する神原の姿を見た時だったかな」

「通勤する姿ですか?」

「そうそう。なんか歩き方とか手の振り方とかが、なんとなく普通と違う感じがしてて気になったんだ。何かに似てると思って観察してたら、ホモぽい感じがしてることに気がついたんだ」

 よくもまぁ……気がついたものだ。彼の観察力の高さに唖然とした。歩き方を指摘されたことは初めてだった。そしてその指摘は正しかった。

「へぇ……そうですかね?」

 その上司の発言を聞いて、同席していた他の同僚もボクの歩いている姿を思い浮かべたようだが、そうは思わなかったようだ。

「うわ〜そんなこと初めて言われましたよ」

 ボクはずっと明るい調子を装っていた。とにかく黙っていては駄目だと思っていた。ニコニコと笑っていて、「心外だな」というような表情を作ってた。ここで認めてしまえば、高校時代に逆戻りしてしまう勝負所だった。

<つづく>