「本当に知らないの?」
ボクは嘘をついたけど、片原さんの目は疑いの色が入っていた。ボクは表情に出ないように心がけて嘘を続けた。
「いや〜本当に杉本なんて人は知らないよ」
「そうなんだ?」
「その杉本って人はどんな感じの人なの?」
「髪は短めで、少し太っててるよ」
ボクは内心焦っていた。間違いなく同級生の杉本君だ。もし片原さんが、次にバイト先で杉本君と出会った時に、ボクのことについて知っているか質問したら大変なことになる。
「その杉本って人と仲がいいの?」
ボクは恐る恐る探りを入れていた。
「いや。そうでもないよ。大学も違うし滅多に会わないよ。少し話した感じだけど、あまり性格が合わないと思ったよ」
内心ではホッとしつつも、まだ油断ができなかった。
「う〜ん。ボクって高校時代とか、休みまくってて、ほとんど出席してないから、同級生は仲がいい数人くらいしか知らないんだよね。もしかしたら杉本って人がいたかもしれないけど覚えてないな」
これは布石だ。もし後で杉本君と知り合いとバレても言い訳ができるように用意周到に先手を打っていた。
「まぁね。○○県から京都に来てる大学生なんて沢山いるよね。知り合いの訳がないよね」
「そうそう。まぁ……もしかしたら知り合いかもしれないけど、どちらにせよ杉本って同級生がいた記憶はないね」
ボクの嘘を信じてくれたのか、片原さんの目から疑いの色が消えていた。それで杉本君についての話は終わったけど、ボクはずっと頭の中で気にかかっていた。実家から京都まで逃げて来ても、まだ追ってくる人がいるのか。ボクはゲイだとカミングアウトしていた時代を封印して大学時代を過ごしていた。大学の同級生は誰もボクがゲイだということを知らないし、やっと手に入れた普通の暮らしだった。その普通の暮らしが脅かされていた。
なんで……あいつ京都に来てんだよ。
ボクは杉本君の顔を思い浮かべながら、心の中で悪態をついた。
<つづく>