小説『箱の中』の感想

箱の中 【講談社版】 (講談社文庫)

箱の中 【講談社版】 (講談社文庫)

 

 木原音瀬さんという作者は、BLを扱った小説が多いようだ。恐らくこの本にはいくつかテーマ(冤罪や犯罪歴のある人への扱いなど)があると思うけど、その中で同性愛の要素にだけ触れたい。

 異性愛者と同性愛者が肉体的・精神的な関係を持つ展開にするには、普通の環境ではない状態に置くしかないだろうと小説を読んでいて最初に思った。この小説では、刑務所という異常な環境に、異性愛者と同性愛者を閉じ込めることで、通常ではありえない関係を持たせてしまった。悲しい話だけど、これは同性愛者が、どんなに異性愛者を日常的な学校や職場で好きになっても、そういった関係を持てないことを意味しているような気がした。

体はそうだったかもしれない。けど、気持ちは裏切ってないわ。私はあなたのことが好きだもの。凄く凄く好きだもの。
(檻の外 講談社文庫 P.409)

 浮気をしていた主人公の奥さんが言った言葉がボクには痛かった。この小説の中で、ボクは二人の主人公よりも、この女性が人間臭くて好きだ。ボクはこれと似たような言葉を何度も聞かされたことがある。

 このサイト内で既に書いているけど、ボクは妻子持ちの男性と肉体関係を持ったことが何度もある。

 

 有料ハッテン場で、肉体関係を持つ相手に対して、事前に「あなたは奥さんや子供がいますか?」と訊いてから関係を持ったりはしない。肉体関係を持った後、雑談している中で、自然と会話の中から結婚していることがわかったり、子供がいることがわかったりする。

「嫁のことは好きだけど、でも肉体的な欲求は同性相手しか持てないから……」

 肉体関係を持った男性からよく聞かされた言葉だ。ボクは結婚していないから実感できないけど、気持ちはわかる気がする。彼らには結婚生活を維持するために、有料ハッテン場に来て肉体的な欲求を満たす必要があるらしい。

妻帯者と関係を持てば、誰かを傷つける結果になるのはわかっているだろう。もう子供じゃないんだから 
(檻の外 講談社文庫 P.405)

 ボクも肉体関係を持ったことに罪悪感を感じて、「早く家に帰った方がいいんじゃないですか?」と言ったりする。ボクは彼らの一見、平穏な生活を壊すのに一役買っている。

「やっぱり女性とは無理だった……どうしても肉体的な欲求は持てなくて離婚したんだ……」

 これもよく聞かされた言葉だ。有料ハッテン場に来る人の中には、家庭を維持できなくて離婚している人も多い。

 有料ハッテン場で欲求を満たせるのは、「肉体的な関係」なものに限られる。「精神的な関係」は簡単に築けるものではないと思う。一緒にいる時間が積み重なって、相手のことを知るうちに徐々に惹かれていくものだと思う。でも冒頭に書いたように、学校や職場のような日常的に生活している場所で、同性愛者が相手に対して精神的に好きになっても、相手が同じ同性愛者である可能性はゼロに近い。あくまで小説という創作上だけど、この小説のような刑務所という異常な場所でしか、肉体関係と精神関係を同時に築くのは難しいと思う。これはボクの勝手な感想だけど、なんだか小説を読みながら悲劇的な気がして来た。
 
 最後になるけど、ボクは古い作家の本ばかり読んでいて、最近デビューした作家はほとんど知らない。chuckさんのサイトで、この小説について触れていたので気になって読んでみた。