次の日曜日、ボクはH書店の近くにあるCDショップに来ていた。そわそわと落ち着かない気持ちで、窓から外に目を移すとH書店の軒先が見えた。
H書店に入ってみたい……でもその勇気が持てないな。
ボクがそう思いながらCDショップを不審者のようにウロウロしていた。すると通りすがった人から声をかけられた。
「神原さんは何やってんの?」
ボクは声をかけてきた人を見た。
「あぁ。瀬戸君か!」
同じ高校で別クラスの瀬戸君がいた。
「いや……中島みゆきのCDでも買おうかと思ってね」
ボクはここにいる本当の目的を、ごまかすために適当に嘘をついた。
「へぇ〜どのCD?」
「デビューして間もない時代の古いCD」
「デビューしてから数枚ぐらいのCDなら全部持ってるから貸したあげようか?」
「いいの? お願いしようかな?」
ついでに同級生同士で、自然とこんな訳のわからない会話をしているのかと言いますと、この瀬戸君とは中学時代からの同級生で、ボクと同じく中島みゆきが大好きなのだ。中学時代に中島みゆきを聴いている生徒なんて、そんな沢山いる訳もなくて、なぜかボクと瀬戸君は仲が良かった。
「瀬戸君もCDを買いに来たの?」
「いや違うよ。H書店にでも行こうかと思ってね」
その言葉を聞いてから、ボクの頭の中ですごい勢いで思考回路が回り始めた。
これはチャンスだ!
ボクは心の中でガッツポーズをしていた。彼と一緒に行けばH書店に自然な形で店に入ることができる。ちなみに瀬戸君は大人しい生徒なのに、授業中に教科書に隠しながらエロ本を読んでいる強者だった。近くの席に座っている女子生徒から冷たい目で見られているのも無視して堂々と読んでいた。さらに授業が終わったら、机の上に堂々とエロ本を出して読んでいた。
「ボクも遊びでH書店に行ってみようかな……」
ボクは店に入りたい気持ちを外に出さないようにしてさりげなく言ってみた。
「いいけど……神原さんって女に興味ないでしょ?」
「うん……そうなんだけど。これも人生勉強かな?」
「ふ〜ん」
少し不思議そうにしていたけど、勝手にすればという形でボクと一緒に歩き始めた。この瀬戸君という生徒は不思議な生徒だった。ボクが同性愛者だと知る前から親交があった数少ない友達で、そしてボクがカミングアウトしてからも、今まで通りにボクと接してくれていた。ただの一度たりとも同性愛者であることを冷やかしたりすることはなかった。そんな訳で、ボクは瀬戸君をとても信頼していた。恋愛感情は抱いたことはなかったけど、とても好きな同級生だった。同じクラスになったのは、中学時代の一年間だけど、高校時代になっても、休み時間になると彼の席に遊びに行っていた。
「初めて瀬戸君の私服姿見たんだけどさ……」
ボクは一緒に歩きながらじっと瀬戸君を見て言った。
「私服だと変?」
「いや……私服姿も可愛いなって思ってさ」
瀬戸君は呆れた顔をしながら、ボクの頭を軽く叩いてきた。ボクは叩かれながら嬉しくて笑っていた。
<つづく>