小説『ラブセメタリー』の感想

ラブセメタリー

ラブセメタリー

  • 作者: 木原音瀬
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2017/08/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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 今回感想に書く『ラブセメタリー』だけど、はっきり言うと感想が書きにくい。それはこの本が『同性愛』ではなく『小児性愛』をテーマにしているからだ。

 木原音瀬さんの作品は、『檻の中』以外に、『美しいこと』と『ラブセメタリー』の二冊を読んだ。ボクは凝り性だからBL小説を読み始めると、自分の中でBL小説というジャンルが、どういったものなのか腑に落ちるまで読み進めてしまう。既に木原音瀬さんの『秘密』という本も注文していて届くのを待っている。『檻の中』を読む前までは、BL小説というカテゴリーから勝手に推測して、細かい描写もないまま男同士が出会って惹かれあってセックスするだけかと思っていた。ただ木原音瀬さんの作品を読んで、BL小説とは言っても恋愛小説だけでなく社会派小説としても成り立っていることが理解できた。

 『ラブセメタリー』の内容だけど、全部で四章から構成されているけど、BL要素が少しだけ感じられるのは第一章のみだ。小説全体としては子供を性的な対象と見てしまう「小児性愛者」の葛藤や生き方を描いている。

 話しの内容を簡単に説明すると、外資系勤務の若いサラリーマンと、ホームレス(元教師)の老人の二人がメインで出て来る。そして二人がともに小児性愛者だ。若いサラリーマンの方は、いつか子供を相手に性犯罪を犯してしまうのでないかと怯えながら生きている。逆にホームレスの老人の方は、過去に海外で子供を買ったり、教師時代に生徒に手を出していて、その結果としてホームレスになってしまっている。現在進行形で小児性愛者で悩んで生きている若い人と、過去に小児性愛者として犯罪を犯してしまった老人を、それぞれの側面から描いている。

  小児性愛者は、ゲイと同じくマイノリティの性的嗜好としてされているけど、現状としてはゲイよりも肩身が狭い。小説でも描かれているけど、少年や少女が好きと言えば、すぐに犯罪という風に結び付けられてしまう可能性があるからだ。

 小説の中で若いサラリーマンが、ゲイの男性に向かって言った言葉がある。

同性愛はね、あと十年、二十年もしないうちに世間に受け入れられるんじゃないかな。そのうち同性愛者を非難する人間の方がおかしいと言われるような時代がくると思うよ。けど僕らは違う。子供を愛するというだけで、永遠に理解されないんだ。だってそんな不愉快に感じることをわざわざ理解しなくたって、変態ってカテゴリーに収めて排除してしまえば楽だからね。P.66

 恐らく同性愛者に取って、この発言は強烈だ……ボクはこのP.66前後の文章を何度も読み直してしまった。

 ボクは大学生になって少し経ったぐらいから二十歳以下の男性を見ても、ただの子供として見えなくて、まるで性的な対象と見ることができなった。ボク自身が子供だった頃は、もちろん同級生に対して性的な対象として見ていた。最近、ボクはこのサイトでショタなどについて記載をしている。その文章でも「ボクはショタコンではない」と強く否定をしている。それは小児性愛者として誤解されることを恐れているからだ。

 小説の中でも、若いサラリーマンがゲイの男性に対して、「ゲイと小児性愛者の乗っている船は同じではない。違う船だ」というようなことを発言するシーンがある。

 ボクはゲイ的な視点からしか言えないけど、自分の年齢が上がるごとに性的な対象年齢も上がっていかないと生きていくのは相当辛い。それだけは実感してわかる。有料ハッテン場などで、三十代の半ばにもなると、若い子からはオッサン扱いされるようになってきたからだ。ボクは自分と同年代か少し年上の人が好きだけど、お客の中には、四十代後半や五十代になっても二十代の若い子でないと好きになれない人も沢山いる。若い子に手を出しては、露骨に嫌な態度を取られたり、掲示板でクレームを書かれたりしている人もいる。ボクは手を出さないから文句を言われることはないけど、早い話は若い子から見れば鬱陶しい存在に違いない。ボクが実感できるのはこの範囲までだ。

 言葉を選びながら感想を書いたけど、小児性愛者の本当の苦しみは、ボクでは全く分からないレベルだと思う。