同性愛者の性長記録<11>

 ボクが初めて同人誌を手にとった高校時代には、まだBLという言葉も流行っていなかった。ボクがBLという言葉を初めて聞いたのは大学生になってからだ。

 ボクはその本を持ったまま、ほとんど人が来ない実用書コーナーに移動した。そして本を開いてじっくりと内容の確認した。実用書コーナーは、冠婚葬祭のマナーや手紙の書き方のマナーだの人気のない本ばかり置いているため、あまり人が来ない場所だったから隠れて立ち読みするのは最適だった。 

 瀬戸君がH書店で立ち読みをしている時には、「瀬戸君はエロ本を立ち読みしながら何を考えているんだろう?」とか思っていたけど、ボク自身も同じ立場に立ってみると何を考えているのか実感できた。早い話……煩悩の塊という状態だった。初めて見る男性同士の性描写は、ボクをひたすら興奮させていた。ただ一点ほど不満があった。

 もっと原作に近い絵だったらよかったのに……

 あまりに少女マンガチックに、キャラクターが書き換えられていて、その点だけが気に入らなかった。ボクは同人誌コーナーと実用書コーナーを行ったり来たりを繰り返していた。なるべく原作に近い絵の同人誌を探しては、手にとって実用書コーナーで隠れて立ち読みをしていた。

 もっとゆっくりと家で読みたいな……

 そう思うのは必然の流れだった。でも同人誌を買う訳にはいかない理由があった。大手のチェーン店とはいえ田舎の古本屋だ。どうやら店員には、ボクのことを知ってる人も結構いるようだった。レジに立っている知らないおばさんから「たかおみくんのお兄さんは東京の大学に行ったの?」なんて訊かれた経験もあった。「はいそうです」と答えながら、「この人はいったい誰なんだろ?」と考えたけど心当たりがなかった。ボクが顔の認識をしていないだけで知り合いの店員はそこそこいるようだった。まさかその知り合いの店員に、同人誌を買っているのを見られる訳にはいかない。

 仮に勇気を出して同人誌を買ったとしても家のどこに保管すればよいかという問題もあった。この本が見つかれば、ノンケがエロ本を見つかって恥ずかしい思いをするレベル以上になるのだ。エロ本発覚+カミングアウト+少女漫画趣味の発覚(これは誤解だけど)。親からすればこの三段構えの衝撃は凄ましいだろう。どんなに「少年誌に連載している漫画のパロディなんだ……ボクは少女漫画の趣味はない!」と母親に力説しても理解してもらえないだろう……そもそもカミングアウトした方を最優先に説明しないといけないけど……

 ボクは泣く泣く読んでいた同人誌を、元の棚に戻して店から出て行った。

<つづく>