同性愛者の性長記録<12>

 その古本屋で同人誌に出会ってからというもの、ボクは学校の帰り道に古本屋に立ち寄っては、こそこそと同人誌コーナーから本を取り実用書コーナーに移動して、こっそりと立ち読みを繰り返していた。

 そんな高校三年生のある日の夕方のことだった。

 学校から帰ったボクは母親と一緒に夕飯を食べていた。テレビでは夕方の報道番組が流れていて、シリアスなニュースが終わった後は、どうでもいいような流行最前線を紹介するニュースが流れていた。ボクは特に気にすることもなく母親と会話をしながら食事をしていた。そんな時、女性アナウンサーが気にかかる流行解説を始めた。

「放送中のアニメや少年雑誌などで連載中の漫画をパロディ化して描いた同人誌が女性の間でブームです!」
 
 ボクはその女性アナウンサーの言葉を聞いて、「もしかして……あの本のこと?」と心の中で思いつつ、ニュース番組を食い入るように見た。テレビの中では、同人誌を描いている女性作家や、その同人誌を行列を作って買い求める女性客が映像で流れていた。

「こんな本の何がいいんだろうね?」

 隣の席で、母親がニュースを見ながらそんなことを言っていた。

「そうだね……」

 ボクは自分の気持ちを悟られないように、興味がなさそうな振りをしてニュースを見ていた。テレビの中では女性アナウンサーが同人誌の紹介を続けていた。同人誌には、男性同士のカップリングを描いた「やおい」というカテゴリーがあるという説明までご丁寧にしてくれた。

 そうか……きっとボクが読んでいたのは、この「やおい」というカテゴリーに入るのか。

 ようやく自分が読んでいた本の正体が見えてきた。テレビの中では女性アナウンサーの紹介が終わって、ゲストの出演者にコメントを求められていたが、コメントを求められた出演者も「こんな本の何がいいんだろうね……」という風な困った表情をして答えていた。3分ぐらいの短いニュースだったけど、ボクにとっては貴重な解説だった。古本屋に置かれている同人誌の量はものすごい勢いで増えていた。これは紛れもない事実で流行していたのは間違いないと思った。

「こんな本を読む人の気が知れないね……」

 気持ち悪そうな表情をして母親がそう言った。ボクは努めて明るく「そうだね」と答えた。確かにボクも古本屋で立ち読みして中身を知る前だったら、「何がいいんだろうね?」とスルーしていたかもしれない。でも今は事情が違っていた。

 母さん……あなたの息子は、その理解しがたい本をこそこそと立ち読みしています。

 ボクは母親の顔を見ないで、そんなことを心の中でつぶやいた。「同人誌を買わなくてよかったな」と思った。確かに普通の人にとっては理解しがたいかもしれない。もし購入した本を母親が見つけたら色々な意味で驚くだろうし、母親にどんなに説明しても理解できると思えなかった。でも、ボクにとって同人誌は、初めて同性同士の性表現を描いたものだった。普通の人にとっては分からなくても、ボクにとってはずっと探し求めたものだった。母親の言葉に、少し傷ついたけど表情には出さないようにした。

<つづく>