ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています。毎日更新中@福岡

同性愛者の性長記録<15>

 ボクは家に帰って封筒からこっそりとN君の写真だけを取り出して、本棚にある滅多に開かない参考書の間に挟んでおいた。もし母親に写真を見つかっても、ボクがその写真に写っている男の子のことを好きだなんて思わないだろうし、「何だろ……この写真? 誰かに貸した時に挟んだのかな?」とシラを切るつもりだった。そして残りの写真は封筒ごと母親に渡した。ボクは自分の写った写真なんか全く興味がなかったけど、母親は封筒から写真を取り出して眺めながら大事そうにアルバムに綴じていた。
 
 こんな……ボクのことでも大事にしてくれてるんだな。

 でも母親は全く知らないだろう……その修学旅行で芝居とはいえ男性同士でキスしたなんてこと。ボクは自分の写真を買うときに、その芝居の写真だけは外してから購入していた。ボクにとっては修学旅行自体が思い出したくないものになっていた。そんなことを大勢の前で、自分の子供がしていたなんて知ったらどう思うだろう。大切な思い出としてアルバムに写真を綴じている母親の姿を見ているとなんだか心が傷んだ。

 夜になり勉強するため部屋で一人きりになってから、ボクはN君の写真を挟んでいた本から取り出して眺めていた。京都の平安神宮の鳥居をバックにピースをして笑っている三人の男の子が写っていた。でもN君以外の二人の男の子の存在なんてボクの目に入ってこなかった。むしろN君を見つめるのに邪魔だからという理由で、残りの二人が写っている箇所を、本や物差しで被せてしまったのだから酷い話だ(恥ずかしいけど本当の話です)。他の二人を切り取ってしまおうかと思ったけど、母親に写真が見つかった時の言い訳が難しくなると思った。ボクは邪魔者を排除してN君だけが写っている写真を見ているだけでドキドキしたりニヤニヤしていた。 

 ◇

 その写真は大学を卒業して東京の会社に就職するため引っ越しする時に捨ててしまった。それまでずっと大切に持っていたけど、アルバムに入れていなかったこともあって、徐々に色も褪せてしまっていた。東京の会社に就職してからは、社員寮に住むことになっていたから、そのまま持って行くわけにもいかないと思っていた。引っ越した後で考えると、そのまま持ってても別に良かったのではないかと後悔したけど。

 今までずっとありがとう。

 そう心の中でつぶやいてから、最後に目に焼き付けるぐらい写真を見つめてから捨てた。N君はボクが最初に好きになった同性で、ボクが好きである事実を知っても普通に接してくれた大切な存在だった。今でもその写真のN君の姿は、はっきりと頭の中に焼きついている。

 大人になって子供の頃を振り返ると、そんな可愛らしい時期もあったもんだと微笑んでしまう。

<つづく>