仕事に生きる同性愛者<1>

「そういえば○○部署のKさんって最近見ないですけど退職したんですかね?」

 パソコンに向かってメールの返信を打っていると職場の同僚が話しかけてきた。新しい年度が始まると、新入社員も入ってくるけど、同時に入れ替わるように昔からいた社員も辞めていく。「今年は誰々が辞めたよね?」と同僚達と雑談していると、急にKさんの名前が出て来た。

「Kさんって4月から●●部署に異動したらしいですよ」

 職場の事情通の同僚が答えた。ボクは会話に加わらないで、無視してメールの返事を打ち続けていた。でも頭の中でメールの文書を組み立ててるはずのなのに、会話の内容が気にかかって集中できずにいた。

「あぁ……それで最近は見ないですね。Kさんってあの部署にいると嫌でも目につくからね」
「まぁ……あれじゃ目立ちますよね」
「俺も初めてKさん見たときから、おかしいって気づきましたよ」

 そろそろボクも会話に入らないと不自然かな……ボクはキーボードを打つ手を止めて話に加わることにした。

「ボクもKさんを初めて見たときに、やっぱり気がついたよ」
 
 ボクは何気ない感じでそう言った。
 
「ですよね……あの人ってどう見てもあっち系の人って分かりますよね?」
「そうそう。○○部署に行った時に、おねえ口調で男の同僚に『○○君可愛い〜』って叫んでましたよ」
「俺も見たことある。『○○君可愛い〜』って言ってた。喋り方だけじゃなくて仕草もおねぇだった」

 同僚達はKさんのモノマネをしているのか、胸の前で両手を合わせて女性ぽい仕草と口調で話していた。

「あぁ……ボクも男に可愛いって言ってるのは見たよ」

 ボクは適当に口を挟んで会話に加わっていた。

「あの人って同じ部署の同僚にはホモだって公開してるみたいですよ」
「そうらしいですよね。トイレとか女性用と使いたいって言ってるらしい」
「その部署の女性社員は何って言ってるんですか?」
「Kさんがホモなのおおぴらにしてるし、女性用のトイレ使うのは構わないらしい」
「へぇ……そうなんですね。まぁ今の時世だと拒絶はできませんよね」

 ボクは同僚達が笑いながら話している姿を観察していた。すると同僚の一人が急にボクに話題を振ってきた。

「そういえば神原さんも男に向かってに『可愛い』って言う時がありますよね?」

 ボクは慌てずに少し深刻な悩みを打ち明けるような演技を加えて答えた。

「実は……ボクが結婚しないのも実はホモだからなんだ……」
「マジですか?」
「まぁ……冗談だけどね!」

 そして冗談だと笑いながら前言を否定した。

「はははっ……まぁ神原さんは元から頭がおかしい人ですからね」
「そうそう。神原さんは変人だけど……でもKさんって口調や仕草もおかまですよね!」
 
 ボクは適当に同僚と笑い合いながらメールを打つ作業に戻った。中学時代から数々の修羅場を乗り越えて来たボクにとっては。これくらいの演技は朝飯前だった。

<つづく>