仕事に生きる同性愛者<2>

  そもそもボクは同僚が「Kさんが退職しているのではないか?」と話題を出した時から、Kさんが辞めていないことも知っていた。それはボクが同じゲイという立場上もあって誰よりもKさんに関心があったからだ。そして転職後、ボクはある組織のシステム担当をしていて、細かいシステムの設定のため新入社員や退職社員のリストも見れる立場にあって、退職者リストにKさんの名前を見たことがなかったからだ。

 ただボクはKさんに関心があったけど、Kさんはボクの存在なんて眼中になかったはずだった。それはボクがゲイであることを隠しているからだ。どこかの有料ハッテンバ場で出会っても、Kさんはボクのことに気がつかないという自信があった。Kさんはボクよりは1歳ほど年上で、面と向かって話したことはないけど、電話では何度か話をしたことがあった。電話を取った時点で、いきなりシステムに対するクレームを喧嘩腰で言われて通話の途中で電話を切られたことを覚えている。あまりKさんにいい印象はなかった。それでもボクはKさんに興味があった。ボクは飲み会の席でそれとなくKさんの上司に接近して情報を聞き出すことにした。ちなみにKさんの所属している部署の上司は40代後半の女性だった。

「あの……Kさんって色々な意味で目立ちますけど、仕事中はどんな感じなんですか?」

 ボクは組織のシステム担当の立場上、他部署の管理職と会話をする機会が多い。ちなみにボクが今はどんな仕事をしているのかは、また別の機会に紹介する。ボクの勤めている組織には数千人の社員がいるけど、システム担当は数人しかいない

「K君か…………性格的にはきついよ。あまり後輩から慕われてないし、職場に対する悪口も後輩によく言ってるらしいよ。職場に対する悪口なら、後輩に言わないで上司に言えばいいのに。もう中堅だから後輩を育ててもらわないといけないんだけど、あまり育てるつもりもないみたい。そのうち辞めるんじゃないかな?」
「へぇ……職場の悪口ってLGBT的な配慮してくれとかですか?」

 ボクはK君の上司の女性とは仲が良くて、ざっくばらんに職場の裏話をする関係だった。

「う〜ん。それもあるんだけど、特定の個人に対する悪口を言ってるのもよく聞こえてくるわよ。K君って色々な意味で注目されちゃうから、本人はなんとなく言ってるつもりでも広まっちゃうのかもね」 
「なるほど……確かにそのうち辞めそうですね」

 その後、何人かの同じ部署の同僚にそれとなく聞いてみたけど、あまり好かれてはないようだった。異口同音に「そのうち辞めるんじゃない?」と言っていた。Kさんが職場に馴染めていないことは理解できた。

  一度、エレベーターに乗っているとKさんが同僚と一緒に乗ってきた。ボクは彼に顔を覚えらないように背を向けてエレベータの階数を示すボタンを見ていた。Kさんは「○○さんってうざいよね〜」と同僚に話しかけていたけど、話しかけられている同僚は適当に愛想笑いをして聞いているのが端から見てもわかった。

 ここに書くべきか悩んだけど赤裸々に書くことにする。ボクはKさんを見ていてイライラしていた。そして最低なことを考えていた。

 あのさ……同じゲイの立場として言わせてもらうけど、カミングアウトしてるならもっと周りとうまくやりなよ。あなたが周囲から嫌われるとゲイの評価が下がるんだけど?

 こんな自分勝手なことを思ってはいけないとわかってるけど、ボクはKさんにそう言いたかった。ゲイであることを隠してこそこそ同僚と仲良くしてるボクがこんなことを思う資格がないのは分かっていた。まさか一緒にエレベータに乗って背を向けている男が、こんなことを考えてるなんてKさんは思いもよらないだろう。Kさんは全く悪くなかった。悪いのはカミングアウトをする勇気もない自分だった。

 それにボクはふとあることを思い出していた。

 ボクは中学時代や高校時代にカミングアウトをしていた。同性愛者は1クラスに最低でも1人くらいの割合で存在している。実際にボクの高校時代の同じクラスにボクともう1人ほどゲイがいた。学年単位で考えると、もう4人から5人はいてもおかしくないと思う。

 ボクはクラスの同級生からいじられてホモキャラを演じていた。もし自分がゲイであることを隠して生きている同級生がいて、そんな彼らから見たボクの姿はどう見えたらだろう。

 同級生からバカにされて、それでもホモキャラを演じ続けてボクの姿はどう見えただろう?
 
 もしかしたらボクが今、Kさんのことを迷惑だと感じているのと同じようにボクの存在は迷惑だったのかもしれないとも思う。

 今年の上期も終わって10月になった。組織変更や人事異動が激しくなる季節だ。ボクはシステムの社員データの整理をしていると、退職者の名前にKさんの名前を見つけた。

 そっか……Kさん辞めたのか。

 しばらくすれば、Kさんがいたことをみんなも忘れるだろうと思って、ボクはほっとしていた。

<つづく>