仕事に生きる同性愛者<4>

 これは前職の時代の話だ。AM8時、ボクは職場に着いてパソコンの電源を入れた。パソコンが起動するまでの間に、スーツの胸ポケットに社員証をつけて、セキュリティタグを首にかけた。そしてカバンの中から携帯やタンブラーを出して机の定位置に置いた。そして起動したパソコンにユーザとパスワードを入力してログインが完了するまでの間、文房具を定位置に置いて、ウェットテッシュを一枚出して、机やパソコン本体やキーボードやマウスなど埃が溜まりそうな所を掃除した。それから財布からお金を出して、給湯室に行って昼の弁当の注文票に丸をつけて弁当代を箱に入れた。そして給湯室のゴミ箱にウェットティシュを捨て自席に座ろうとした時だった。

「いや〜面白いな」

 ボクは声がした方向を見た。すると右斜め前に座っている50代前半の男性社員のAさんがボクを見て笑っていた。会社から離れた場所に住んでいるため通勤に時間がかかると言って、かなり早めに出勤されている方だった。ボクの部署では、ボクかAさんのどちらかが一番乗りで出勤していた。仕事が始まるのは9時半だ。まだ一時間以上ある。もう15分もすれば管理職の社員がポツポツと出勤し始める。

「何かあったんですか?」

 なんでAさんがボクを見ながら笑っているのか解らずに訊いてみた。

「前から思ってたんだけど、神原って職場に着いてから同じ順序で行動してるよね」
「えっ……そうですか?」
「うん。きっとお前の中ではもうルールが出来上がってるんだろうね」

 ボクはずっと観察されていることも気がついていなかった。ほとんど無意識にうちに没頭して毎朝同じ動作を繰り返していた。Aさんに指摘されてボクは恥ずかしくなった。

「毎日同じ時間に出社して同じ順序で行動してるから面白くてさ。本人が気づいてるか知らないけど、昼休みも帰宅の時も、ほとんど毎日同じ行動してるよ。お前は機械かよ!って言いたくなるよ」
「まぁ……もう考えるのもめんどくさいんで無意識に行動してるだけですよ」

 ボクはAさんと雑談を続けながらも、いつもと同じ動作を続けていた。タンブラーに入れているコーヒーを飲みながら、回覧されている書類に目を通して、グループウェアで社内の広報文書を確認してメールをチェックを確認していた。すぐに返信できるメールと返信できないメールに分けて、すぐ返信できるメールの返信をしていた。

「神原が帰宅した後に机の上を見たら、物の位置とか絶対に同じで文房具の位置も同じなんだよ」
「なんかきちんとしないと気が済まないんですよ。ちょっと病気ぽいかもしれません」

 ボクは心の中で「そんなに観察しないでくれ」と照れながら叫んでいた。

「神原が休みの日に、他の奴がお前の机の筆記用具を少し触ったら、翌朝にお前が来たときに『誰か触ったのかな?』とか呟いてて面白くて面白くて……筆記用具の角度が少し変わっただけで誰かが触ったのがわかるとか、お前どんだけ几帳面なんだよ?」
「そんなに几帳面なんですかね? でもボクって根本的には適当なO型ですよ!」
「いや……俺は几帳面なA型だけどお前には呆れるよ」

 ボクはメールの返信を終えてから、自分の作業を管理している一覧を表示した。すぐに返信できないメールの案件を一覧表に記入して、自分の中で今日中にやる作業を計画していた。恥ずかしい話だけど転職前も転職後もほとんど変わらない。朝起きてから始業時間になるまで、やる順序が全て決まっている。ボクの職場の毎日はこんな感じで始まる。

<つづく>