ボクは部屋の中が静まり返ってることに気がついた。
その日は休みだったから、いつもなら彼のいる隣室からテレビの音声が微かに聞こえてくるはずだった。ボクは布団から起き上がって部屋を出て隣の部屋のドアを開けた。その部屋には、つい昨日までは家具が沢山あったのに、今はがらんとして何も無くなっていた。天井の照明やカーテンも外されて、暗い部屋に街灯の灯りが差し込んでいた。つい昨日まで彼が住んでいたせいか部屋に入るのが躊躇われたけど、ボクは静かに足を踏み入れた。
一人になっちゃったな……
ボクは暗くて何もない部屋の真ん中にしゃがんで考えていた。
もう……彼が帰宅してドアを開ける音。廊下を歩く疲れた足音。ため息をつきながら服を脱ぐ音。シャワーを浴びる音。晩御飯を食べる音。知っている人が立てる物音は何も聞こえない。この一年間の間、ずっと彼と一緒にいたから自分以外の存在を感じない部屋が、こんなにも静かであることをすっかり忘れていた。
寂しいな……誰かがいること感じたいな。
ボクは部屋にしゃがんだまま、心細さから自然に涙が出ていた。どんなに耳を澄ませても、自分が発する物音しか聞こえてこなかった。ボクは自分が知っている人が立てる音を聞きたかった。
きっと長年連れそってきた愛人が急にいなくなって一人で残された同じような感覚を持つのではないかと思った。いつの間にかボクの中で誰かと一緒にいるのが当たり前になってしまった。ただの年上の同僚を相手に、こんなことを考えるのはおかしいのかもしれないけど、ボクは愛情がなくても彼のことが好きだった。
彼も同じような孤独感を感じてるんだろうか?
でもきっと彼は引越しでドタバタして、そんなことを考える余裕もないだろうと思った。
いつのまにか精神的に弱くなってしまってたんだな……もっと強くならないといけない。
ボクは泣きながらそう思っていた。このままアパートにいれば、いつかは別の誰かが入居してくるだろう。でもボクは大学時代と同じように、一人暮らしに戻ろうと思った。
ボクは約二ヶ月後にその社員寮を兼ねたアパートを引っ越した。
ただ、それからしばら経ってもボクの中で彼の幻影はなかなか消えなかった。なぜか急に深夜に目が覚めて寂しくて泣いてしまうことがあった。そして誰かの足音が聞こえないかと耳を澄ませていた。アパートの他の部屋から誰かの足音や話し声がすると、ボクは安心して眠りにつくことができた。
ボクの中での孤独感はなかなか消えなくて、なるべく一人で家にいるよりも会社で仕事をしていたいという思いが強くなっていた。
<つづく>