ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています@福岡

書籍『ウリ専!♂が♂にカラダを売る仕事』の感想

ウリ専!♂が♂にカラダを売る仕事

ウリ専!♂が♂にカラダを売る仕事

 

『ウリ専!♂が♂にカラダを売る仕事』という本を読んだので感想を書きます。この本だけどネット上でも既に中古本としてしか購入できないようだ。ノンフィクションとしてかなり丁寧に書かれており、恐らくゲイ業界について全く知らない人が読んでも楽しめる内容だと思う。

 本の内容を簡単に紹介すると、最初にウリ専で働いている7人のボーイを自己紹介から始まる。著者がボーイにインタビューして聞き出した内容をもとに話が書かれていて、それぞれのウリ専になった経緯や、ウリ専業界の仕事内容や裏話。お客との関係の話。そしてボーイの卒業までの流れになっている。

 気になった本文を抜粋して紹介したい。

ボーイの順番は、ある意味ノンケ、バイ、ゲイ。(中略)。やっぱりノンケ好きは多いよね。普通、絶対にやれないってのがそそるんだと思うよ。(P.78)

 これはボーイの指名順位を説明している。お客はゲイなのに「ゲイ」と名乗っているボーイよりも、「ノンケ」と名乗っているボーイの方が指名率が高いようだ。店側も理解しているようで、ボーイが「ゲイ」でも「ノンケ」と偽ってホームページのプロフィール欄に記載しているらしい。やっぱり……お客もボーイが仕草や喋り方で「ノンケ」じゃないって分かってても、「ノンケ」として一緒に寝たいという寂しい願望の現れなんだろう。ボクも恋する人がノンケばかりなので気持ちは痛いほどわかる。

ほとんどの店で年齢の詐称は日常茶飯事とのこと。たいていは実年齢のマイナス2〜3歳が相場だが、厚かましいところでは、マイナス5歳〜7歳という場合もあるそうだ。(P.81)

 まぁ……この辺は「ウリ専」に限らない話だと思う。ゲイ向けの出会い系掲示板とかでも5歳くらい詐称してそうな人はいくらでもいる。ボクも出会った人で40代後半くらいの人が39歳とか名乗ってることもあった。その時は、スーパーで肉が398円で売っているのを見た時と同じ気持ちになった。

 この本は、こういった感じで気になる箇所を上げていくとキリがないので、ゲイ業界を深く知るという意味でも、是非読んでみて欲しい。

 特にボクが気になったのは、シュンという「ノンケ」のボーイについてだった(P.204〜P.205)。そのシュンというボーイは、「ノンケ」という立場と「若さ」が売りだったんだけど、徐々に指名率が減っていった。途中で店や名前も変えたりした。

シュンは新しく移った店も3ヶ月で辞めてしまった。(中略)。別の店のホームページで彼の笑顔を見ることになった。掲載された安っぽいスナップ写真に、当初の面影はもうない。目の下がうっすらと落ち窪み、体つきにもハリがない。全体的に、ずいぶん年をとったように見える。「この仕事は長くやってるので、お客様にはきっと満足して頂けると思います」。そんなキャッチコピーもどこか痛々しい。(P.205)

 結局、若さを売りにしているだけあって、仕事の寿命は短いようだ。さらにネット上の掲示板にも悪口を書かれるようになったようだ。ボクも何かの掲示板で見かけたことはあるけど、「ボーイの○○が●●に名前を変えて○○(店の名前)で働いている」といった書き込みを見たことがある。その書き込みの後には、そのボーイに対する悪口が沢山書かれていた。

 この点、若さが売りという意味では、ゲイアプリや出会い系の掲示板や有料ハッテン場でも一緒だと思う。

 ボク自身は、まだ「ウリ専」を利用したことがない。まだ有料ハッテン場に行けば、なんとか相手が見つかる状態だからだ。それなのに、なんでまたこんな本を読んだの?と問われれば、あるお爺さんとの出会いがきっかけだった。

 

 本文の中では、その会話を省略してしまったんだけど、この年配の男性(70歳は超えていたと思う)から「ウリ専」をよく利用していると聞かされていた。彼から年配の人がウリ専をよく利用しているとも聞かされていた。「商売とはいえ年配の男性の相手する人達って、どんな世界で生きてるんだろう?」と興味を持ったのがきっかけで、この本を手に取った。

 ちょうど今、ボクの大学時代に出会ったゲイの人たちとの関係を書いている。

 恐らく……今後、書き進めていくと読んでいて、「こいつアホだろ?」とヒク人も出て来るのではないかと心配になっている。でも12月下旬ぐらいまで、大学時代に出会ったゲイの人たちとの関係を続けて書こうと思っている。本当は「書かない方がいいのかも?」と思ってたけど、勇気を出して汚い話を書くつもりだ。

 ボクのやってたことってお金をもらってないけど「ウリ専」と変わらないんじゃないのかな?

 大学時代を振り返る度に、ボクはそう考えてしまう。でも……ボクは出会い系の掲示板に書いて誰かと会ったり、有料ハッテン場で誰かと会たりする時、いつも「次こそ本気で好きになれる人に出会うかも?」と本気で考えてた。でも……どれもダメだった。

 本の中で紹介されているボーイのテッペイさんはウリ専の仕事を始める前の心境を以下のように語っている。

嫌なことに、真っ先に母親の顔が浮かんだ。もちろん、母親にはゲイだと明かしていない。そのうえウリ専。おっさんの性器をしゃぶる自分。最低だ。しかし考えたところで借金は減らない。何より、興味が無いとも言えない。(P.24)

 最終章で書かれているけど、このテッペイというボーイは、母親からの何気ないメールがきっかけでボーイを辞めることになる。ボクも原付に乗って、顔も知らない誰かに会いに行くときに、何度も親の顔を思い浮かんだ。

 もし……相手が「同性」じゃなかったら。こんな罪悪感も感じなくてよかったのかな?

 そう思っていた。でも子供じみてるのかもしれないけど「次こそ本気で好きになれる人に出会うかも?」という期待を胸にして罪悪感を振り払っていた。ウリ専と同じように見えるかもしれないけど、大学時代のボクは色々試しながら、好きになれる人を探して本気で探していた。だから……「こいつアホだろ?」と思われても、しばらくは大学時代に出会った人たちとのことを書いていくつもりだ。