愛から遠く離れて<15>

 この時、ボクは生まれて初めて計画的に復讐しようとしていた。それだけ彼のことを好きになりつつあったという裏返しなのかもしれない。少し前まで彼とチャットしたくてパソコンの画面を何度も見ていたのにそんなことは忘れていた。数ヶ月経っても彼からメールが来なくなって、ボクはようやく復讐が終わったことに気がついた。よく言われるような復讐したことへの満足感も虚無感も感じなかった。ただそんなことをした自分のことが嫌いになっただけだった。

 彼からメールが来なくなって1年以上経った。

 大学の卒業も決まって京都から離れて東京に行くことが決まった。就職活動も終わってしまい、ボクの中でぽっかりと時間が空いてしまった。当時のボクが選択した道は同じように有料ハッテン場に行って誰かと会うことだった。本当に馬鹿みたいに同じことを繰り返していた。でも他に選択肢が見つからなかった。カミングアウトしていない隠れゲイのままで生きていて、同じゲイ仲間に会える場所はそこだけだった。

 ボクは「サポーター」に行って3階のハッテンスペースの小部屋に入って寝転がっていた。有料ハッテン場に行った最初の頃は、ずっと店内をうろうろ歩き回っていたけど、ある日からめんどくさくなっていた。店に来ている客の総数が変わらないのに、同じ場所をうろうろしても意味がないと思っていた。一度でもすれ違えば相手が自分に気があるかは大体の推測がつくと思うようになっていた。小部屋に寝ころがって眠気に襲われてウトウトしていた。すると通路の方で微かな足音がして部屋の前に止まった。そして小部屋に誰かが入ってきた気配がした。ボクは目を少しだけ開けて小部屋に入ってきた人を見た。その人はしゃがんでボクをじっと見ていた。ボクは動かないでじっと暗闇に浮き上がった人のシルエットを見ていた。
 
 あれっ……この人知ってる気がする。

 暗くて顔もはっきりと見えなかったけど、ボクは何となく輪郭や背格好に心あたりがあった。記憶を辿っていくと、すぐにある人に思い当たった。

 この人……たかぽんさんだ!

 そう思って顔を見ると、暗い中でも微かに見える部分を頼りにだんだんと彼の姿がはっきり分かってきた。彼は手を伸ばして毛布越しにボクの体を触ろうとしてきた。ボクは彼の手を掴んではねつけた。彼はもう一度、ボクの体に手を伸ばしてきた。ボクはもう一度、手を掴んではねつけた。彼は首を傾げながらボクの方をじっと見ていた。もう彼とは関係を持たないと自分の中で決めていた。

 きっとボクのことに気がついてないんだ……

 ボクは声を出さないでじっと彼を見ていた。お互いに暗闇の中で目が合った。それから彼は体ごとボクの方に近付けてきた。ボクは布団から起きあがって彼から距離を取った。ようやく彼はボクの様子を見て首を傾げながら部屋から出て行った。

 何でボクだって気が付かないんだよ……ちゃんと気が付いてよ……

 彼が部屋から出て行った後、ボクは膝を抱えてそう思った。これが彼との最後の出会いだった。

<つづく>