「トイレでヤるなんて嫌です」
ボクははっきりと断わった。きちんと嫌だという気持ちを伝えれば彼も理解してくれると思っていた。今まで何人かのゲイの人と会ってきたけど、きちんとこちらの気持ち伝えれば理解してくれた。でも彼は予想外の反応をした。
「はぁ? お前ふざけんなよ!」
彼は大きな声を出してボクを怒鳴りつけた。
「ちょっと待ってください! そもそも食事をして話すことが目的で会うはずだったでしょ?」と言葉が出かかったけど、下手に反論しても逆上するだけだと思った。
「すみません……どうしてもそんな気分になれなくて」
周囲の通行人たちが驚いてボクらを見ていた。まさかボクらがトイレでヤらせてくれと言われて断わったことが原因で険悪な雰囲気になってるなんて思いもしないだろう。ボクはなんで謝ってるのか理解できなかったけど、もうひたすら謝るつもりでいた。ボクは人を叩いたり殴ったりしたことが一度もなくて、喧嘩しても絶対に勝てないだろうと思った。ちなみに喧嘩に関係があるか知らないけど、ボクは握力が全くない。最近計測した数値は21kgだった。これは11歳くらい男の子の平均値らしい。きっとグーで相手を殴ってもボクの手の方が砕けるはずだ。
「お前がヤリたいって言うから会ってやったのに!」
「そんなことメールに一言も書いてないんだけど」と言いたかったけど我慢した。その後も彼はボクに文句を延々と言い続けて、ボクはその度にひたすら謝っていた。しばらくすると彼の携帯の着信音が鳴った。彼はボクに文句を言い続けながら携帯を開いてメールを打ち始めた。それからしばらくしてまたメールの着信音が鳴った。彼は携帯を開いてメールの文を読むと急に笑顔に変わった。
「あっ……ごめん、他の人と会う約束ができたから!」
今までイライラしていたのが嘘のように消えてご機嫌になっていた。ボクは彼の反応の変わりように驚いた。
「えっ? あっ……そう何ですか?」
ボクは訳が分からなかったけど、彼が他の人に会いに行くというのならこちらとしても願っても無いチャンスだと思った。
「ごめんね〜また今度ヤらせてね。じゃあね〜」
彼は今まで怒っていたことを忘れて満面の笑みで手を振って去っていた。
「さようなら……」
ボクは頭を下げて彼を見ると、さっさと御池通りを沿って烏丸通りの方角に歩いていく後ろ姿が見えた。
いったい何だったんだろ……あの人……
ボクは遠ざかっていく彼の後ろ姿を見ながら「よかった!助かった〜」と脱力してその場にへたり込みたかった。
<つづく>