「最近、よく街中で会いますよね?」
古賀さんと打ち合わせをしていると急にそう言われた。ボクは言われた瞬間に彼が何を言いたいのかすぐに理解した。
「あっ……そうですよね。なんか邪魔しちゃ悪いかと思ってそっとしてました」
動揺を表さないように作り笑いをしながら答えた。とうとうこの日がきたのかと思った。それまで彼と会っても、その話題には触れずにいた。でもいつかはこの日が来るのが分かっていた。「そりゃ……あれだけ偶然に会ってれば彼も気がつくよね」と思った。見ないふりをして逃げていることが彼にバレれたんだと思うと恥ずかしくなった。彼は逃げ去っていくボクの姿を見てどう思ったんだろう。
「別に邪魔じゃないですし、むしろ声をかけてもらってもよかったですよ」
本人は何気なしに言っただけかもしれないけど、その一言はキツかった。まさか目の前の男が自分に対して愛情を持っているなんて全く考えてもなさそうだった。あくまで彼の中でボクという存在は仲の良い同僚か友達ぐらいのポジションなんだと思った。もし彼女を紹介されたとしてもどんな顔をすればいんだろう。
もう彼にカミングアウトしても手遅れだろうな……
そう思った。結局はボクは一歩を踏み出す勇気がなくて、彼に気持ちを伝えることができなかった。彼がゲイなのか?ゲイじゃないのか?そんなことばかり気にしていて、彼に自分の気持ちを伝える機会を失ってしまった。もし彼がゲイじゃなかったとしても、きっとカミングアウトしても否定することなく受け入れてくれたと思う。ボクの好きだという感情を受け入れてくれるかは別問題だけど。でも今更になってカミングアウトすらできなくなってしまった。
「付き合いだして長いんですか?」
ボクは勇気を出して訊いてみた。もうあの女性との関係をわざわざ訊かなくても付き合っていることは分かっているのが前提で質問した。もし何年前から付き合っているんだろとしたら、ずっと前から抱いていた密かな気持ちは本当にバカみたい。
「半年くらい前ですかね〜」
「やっぱりそうなんですね。最近になって急に見かけるようになったんでそうかと思ってました」
ボクの感はあたったけど全く嬉しくなかった。
「神原さんが喫茶店で声をかけてくれないから、声をかけてくれればいいのにって思ってましたよ」
「いや……仲良さそうに二人で朝ごはん食べてたじゃないですか?」
「時々ですけど息抜きがてらに、ゆっくり朝ごはん食べてたんですよ」
「そうなんですね。朝の準備もめんどくさいですしたまには息抜きもいいですよね」
側から見てるとボクの話している姿はテンションが高く話しているように見えたかもしれないけど、心の中ではテンションは低くなるばかりだった。話の内容を聞いた限りでは既に同棲してるようで結婚も近いんだろうなと思った。それからしばらく雑談をしていると彼はタイミングを見計らったように切り出した。
「もしよかったら結婚式にきてもらえますか?」
とうとう……この言葉を聞いてしまった。もしかしたら招待してもらえるかもしれないという予感はしていたけど、実際に彼の口から言われるとショックは大きかった。大学時代に有料ハッテン場で出会ったゲイ仲間から職場で好きになった人の結婚式に出ることになって辛い思いをしたと聞かされたことがあったけど、「そりゃ……辛いだろうね」って思うぐらいで他人事だった。まさか将来の自分に同じことが起こるなんて思いもしなかった。
「いいですよ」
何事もないかもように作り笑いしながら答えている自分のことがほとほと嫌になった。ボクはやっぱり彼のことが好きで少しでも長く彼の側にいたかった。でももう彼にはボクの本当の気持ちを伝えることは一生ないだろうと思った。
<つづく>