ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています@福岡

それでもボクは盗ってない<3>

 きっと後者の「ただの気持ち悪いホモ」だろうと思った。そのうち露骨に「うわ〜」と冷やかすような小声も出るようになった。逆立ちしているボクの足を支えている同級生が周囲の同級生に目を合わせて会話しているのが分かった。体育の教師は生徒の間で飛び交う視線や小声には全く気がついておらず号令をかけ続けていた。そもそも教師の中でボクがホモであることを知っている人はいなかった。よくイジメで生徒が自殺して「教師がいじめを把握していなかったのか?」と責めらる場面をテレビで見たりする。ボクはその場面を見るたびに「そりゃ把握できなかったろうな」と思う。全てのケースではないだろうけど、子供の世界でやり取りされている情報は、なかなか大人の世界まで伝わることがない。同じ学年の大半がボクのことを「ホモ」と呼んでいたのに教師には全く伝わってなかったんだから。

 こいつらバカだな……ボクはお前らの汚い肌に触れても何も感じないのに。

 ボクは半笑いの視線が飛び交う中、無視して相手の体を支えていた。でもやっぱり気になってしまうところもあって、なるべく相手の素肌には触らない服の箇所を触るように注意していた。

 いつもよりやけに長く感じた体育の授業が終わると、真っ先に走って教室に戻って体操服を脱いで制服に着替えた。もう体育の授業前の二の舞になるのはうんざりだった。そのうち同級生が戻ってきて着替え始めたけど、ボクの方をチラチラと見ていることに気がついた。

 もしかしてボクが着替える所を見て興奮すると思ってるのかな……

 そんなこと全く思ってなかったけど、不要な誤解を招かないように廊下に出た。それに教室にいても目線のやり場はなかった。「これってずっと今後も体育の授業の度に同じことしないといけないのかな?」と思うと憂鬱になった。ボクと仲が良かった一部の生徒は、そのことに気がついていたけど「可哀想に……」という感じで何も言わずに見守ってくれていた。むしろ何も言わずに見守ってくれてありがたかった。中途半端に「差別は止めろよ」とか言われるよりも、そっといつも通りに接してくれる方がありがたかった。あとボクにとっては教師がホモと言われていることを知らないでいてくれる方がありがたかった。「神原をホモ扱いしていじめるのを止めろ」とか注意して、大人が介入してややこしいことになるのも嫌だった。

 ボクにだってプライドがある。

 自分がホモでいじめられているなんて親や周囲の大人に知られたくない。これぐらいの嫌がらせなら自分だけで耐えて終わらせた方がよかった。そのプライドを守るためには、そっと見守る選択を取ってくれた友人の存在はありがたかった。そして知らないままでいてくれる教師の存在も助かった。

 それに同級生の中で松田君の存在が大きかった。ボクは性格的に広く浅く人と付き合うのが苦手で狭く深く付き合うのが好きだった。ただ高校1年の時点では彼は仲のいい同級生という立ち位置だった。彼のことが好きになるのは2年生になってから。彼と話していれば少なくとも学校で独りぼっちではなかった。彼はマイペースな性格でボクがホモ扱いされていることに気がついているのかそれさえも不明だった。でも彼の存在のおかげで、ボクは同級生からイジメに近い扱いを受けているのに、自分がイジメられていると認識しないで乗り越えられた。もし彼がいなかったらボクの人生は大きく変わっていた。

<つづく>