映画『渚のシンドバット』の感想

渚のシンドバッド [DVD]

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 映画『渚のシンドバッド』を観たので感想を書きます。この映画も『ハッシュ』『二十歳の微熱』と同じく橋口亮輔監督の作品だ。

 いつもは映画のあらすじを書いているけど、この映画に関してはメインの登場人物が6人いて内容が入り組んでいるのでAmazonのサイトを見て欲しい。

 舞台は橋口監督の故郷の長崎で、後半になってから長崎が舞台であることがわかるシーンがいくつか出てくる。吉田君の母親がバーのママで客の男と付き合ってたり、主人公が吹奏楽部でコンクールにバイトで行ったり、この辺は橋口監督のエッセーで読んでいると監督自身の人生を投影していることが分かる。

 この映画の気になったシーンやセリフに触れて紹介をしていく。

 まずは主人公の伊藤君の自宅に手紙が届けられるシーン。手紙の内容は以下の通りだ。

拝啓『新薔薇族』の交際欄を見ました。
当方五十三歳 ハンサム社長。
君を愛してあげたい。優しさには自信あり。吉報を待ってます。敬具

 手紙を送ってきたハンサム社長の写真が付いていた。この手紙を父親に先に読まれた伊藤君は精神科病院に連れていかれることになる。つまり父親にとってゲイは病気という扱いなのだ。

 ボクがゲイの世界に接触した時にはインターネットが既に始まっていたけど、それ以前の時代はゲイ雑誌「薔薇族」などの投書欄でゲイ同士の出会いを探していたようだ。この映画のように手紙を見られて親にゲイだとバレた少年が、きっと何人もいたんだろうなと思う。少し話がそれるけど最近、「薔薇族」の編集長をしていた伊藤文學さんの本を読んだ。「薔薇族」が創刊されて一部の普通の本屋に置かれるようになって、でもゲイの人たちは「薔薇族」をレジに持っていくのは相当にハードルが高く、店が閉店する前に駆け込みで買ったり、個人経営の小さな本屋で買ったり色々と苦労して買っていたらしい。伊藤文學さんの本の中で、本屋で「薔薇族」が欲しくて万引きして捕まり、そのまま親にゲイであることがバレてデパートの屋上から飛び降りて自殺した17歳の少年がいたことに触れていた。この映画(1995年公開)より10年以上前の出来事(1983年)だけど、ゲイの人たちの置かれた状況はそんなに変わらないだろう。ちなみに男性の精神科の先生役は、橋口監督が演じている(声のみ)。橋口監督は『二十歳の微熱』でも顔出しで出演していた。

 次に気になったシーンだけど……ボクのサイトの文章を読んでくくださって、この映画を観てていたら、当然にこのシーンには触れるよねと思ってる人もいるかもしれない。同性の吉田君が好きだと同級生から疑われた伊藤君が体操服に着替えてるシーンがある。同級生たちのセリフはこんな感じだ。

「おい伊藤。お前ホモなんだって」「乳首が立ってる!」「感じちゃってるの?感じてるの?」「シリコンとか入れたら合うと思わない?」「綺麗になっちゃうぞ。ニューハーフになったら。絶対に綺麗になるよね」「見られてるよ俺。愛されちゃってるんじゃない。やばいかな」「俺を愛しちゃってるの?」。「お前。どっちなの絶対掘られるほうだろう思うよな。教えて!」「おかまになったらどすんだよ。うつるだろ」

 周囲ではその同級生たちの様子を黙って見ている人もいるし、笑いながら見ている人もいる。え〜と情けないことにボクも中学時代からカミングアウトしてたので、ほとんど同じような状況でした。ボクに聞こえるようにあからさまに言われていて、伊藤君を見ていると、高校時代のボクってこんな状況だったんだなと思います(流石に股間を見せる同級生はいなかったけど)。ボクは彼らの言葉に反応したら負けだと思って、ひたすら無視していた。

 ちなみに主人公の伊藤君だけど、映画の序盤まで同級生の男子生徒同士の会話をジロジロ見ながら黙って聞いてるんだけど何だか自分と似ていると思って笑ってしまった。

 この映画では、相原さん(浜崎あゆみ)という同じクラスの女子生徒が出てくる。過去にレイプされたという秘密を持って転校してきて、同じくゲイであるという秘密を持っている伊藤君とお互いの精神科病院に通って出会ったこともあり心を触れ合わせていくことになる。ひょっとしたらゲイである伊藤君は女性に興味がないので、レイプされた過去を持つ相原さんに対して警戒しないで付き合いやすい相手だったのかもしれない。お互いに精神的な支えになっていく。このサイトに文章を書いて思うんだけど、ボクもカミングアウトして結構酷い目に合ってきてると思う。なんとか乗り切れてきたのは、同級生の中で何人かが普通に接してくれていたからだと思う。特に中学時代に好きだった同級生(N君)や高校時代に好きだった同級生(松田君)からもボクの好きだという気持ちに気づいてからも全く変わらないで接してくれたが大きかった。きっと伊藤君にとって相原さんは、特別な存在になっているのだろう。ミカン畑の話をするシーンの2人の表情が全てを物語っている。

伊藤「吉田がさ……吉田がどんな風に人を好きなるのか見たかったんだ」

映画の終盤で出てくるセリフだ。噛み砕いて説明すると、伊藤君(男性)は好きになった吉田(男性)が相原(女性)をどんな風に好きになるのか見たかった。このセリフ……高校生が言うセリフではないように思うけど、ちょっと分からないこともない。

 最後のシーンの吉田君と相原さんのシーン。実際に吉田君の言葉は相原さんの服を着て女装している伊藤君に浴びせられている。

吉田「俺はちゃんと好きなんだよ。友達とかそういうのじゃなく。ちゃんと好きなんだ」
相原「伊藤くんだってちゃんとあんたのこと好きなんだよ」
吉田「だってあいつは男だよ」
相原「男だから何よ?男じゃダメなの?」
吉田「男とは寝れないだろ」
相原「じゃあ女とだったら?」
吉田「寝れる」
相原「あたしとだったら?」
吉田「寝れる」
相原「あたしが男でも寝れる? 吉田くんあたしのこと好きになったんじゃないよ。あたしが女だから好きになっただけだよ」
吉田「最初から相原は女だろ?」
相原「やりたいだけなんだよ」
吉田「違うよ。違うよ。ただ好きなんだよ。俺だってどうしたらいいか分かんないだよ!」

  誰が誰を好きになる感情は、異性に対してだろうが同性に対してだろうが制御できない。この映画は全体的には、高校生同士の同級生の誰々が好きだとか。同級生に好きな相手をバラされたとか。大人になってみるとくだらないことで悩んでるなと思うけど、でも自分も中学時代や高校時代は似たようなものだったと思う。学生時代のボクにとっては生きるか死ぬかの重大事項だった。そう……今になって思い返せばホモだと言われて冷やかされたことも大半は笑い話に思えてしまう。もちろん何本かの針は刺さったままだけど。

 最後に蛇足ですが、この映画を見終わってから「あーとか!うーとか!」って言葉が口癖になってしまった。家で料理を作りながらら「あーとか!うーとか!」って独りで喋ってて自分でも怖いです(笑)