ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています。毎日更新中@福岡

LGBTブームと気持ちの変化<7>

 ボクが一番望んでいること。それは「分かち合うこと」。

「幸せ」や「喜び」といった感情を誰かと分かち合っていくこと。

「怒り」や「悲しみ」といった感情を誰かと分かち合っていくこと。

「プラスの感情」も「マイナスの感情」も、ぐちゃぐちゃでもいいから誰かを分かち合うこと。

 自分がゲイだと気がついた中学時代のある日だった。家族で揃ってご飯を食べたりテレビを見ていると時にふと思った。

 今まで生まれた時からずっと当然のように家族全員が一緒に暮らしてきたけど、いつか親元から離れて自分の家庭を築くんだよね……でも同性を好きになってしまうボクには無理なんじゃないだろうか……

 そう思うと背筋が凍るような気持ちになった。いつか父親や母親が自分より先に死んでしまうことも怖かった。同性愛者ではない兄は、いつか家から出て自分の家庭を築いていくだろうと思った。何だか自分だけ独りで取り残されてしまうような気持ちがした。そんな悩みを相談できる相手なんていなかった。

 でも同性を好きになっても、いつかきっと何とかなるよね……
 
 自分の部屋に戻って椅子に座って考えていたけど、前向きに思うことで目を背けて生きてきた。でも目を背けていても夜に布団の中にいる時など、ふとした瞬間に目の前に現れてボクの背筋を凍らせた。

 それから大学時代になって一人暮らしを始めて、多くの同性愛者たちと出会って思った。同性愛者でありながら異性と結婚している人にも出会った。異性と結婚したけど離婚してしまった人にも出会った。ただそれよりもはるかに多くの独りで生きている同性愛者たちと出会った。

 どうやら……同性愛者が家庭を築くのは相当に厳しくようだな……

 気がついた時には、もう家庭を築くことを諦めていた。

 やっぱり……もう独りで生きて独りで死んでいくしかないのかな……

 そう思うようになっていた。それから就職先を決める際も、ボクの一番の目標は「普通に生きていくために働き口を見つける」ことだった。当時は就職氷河期の真っ最中で、ほとんどの企業が新卒の採用をしてなかった。その状況を見て、さっさと氷河期の最中でも積極的に採用活動をしていたシステム業界を目指すことにした。ボクの周囲にはマスコミ業界や特定の業界を目指して就職浪人している同級生も多くいた。そもそもどこの業界を目指すのか決めることもできないでふらふらしている人も多くいた。

 同級生たちはやりたい仕事やなりたい目標が見つからないとか言ってるけど、そもそもボクはやりたいことないよね。なりたい目標といえば「普通に生きていくこと」。どうせ独りで生きていく可能性が高いんだから、「とにかく生きたいくための働き口」を見つけよう。どうせ独りで誰にも頼れないんだから……

 ボクは彼らを横目に「普通に生きていくために働き口を見つける」ことを目標にして、さっさとシステム業界に入ってしまった。

 独りで生きて独りで死んでいくしかない。

 社会人になった頃は、もう全て諦めてしまって独りで生きていくつもりになっていた。だから目の前の仕事だけに没頭して生きてきた。職場で好きな同僚もいたけど、「カッコいいな」「好きだな」「彼とデートしたいな」「彼と寝たいな」といった感情を抱いて「でも……どうせ無理だな」と思っていた。

 ただ30歳を過ぎた辺りから、少しだけど考えが変わって来た。

 確かに……同性愛者が子供を持ったり家庭を築くのは無理かもしれないけど、でも誰かと一緒に生きていきたい。

 そう思うようになった。職場で同僚と人間関係を築いたり、同僚を好きになったりするうちに変わってしまったんだと思う。同性愛者だからって、もう少し希望を抱いてもいいのかな? 諦めないでいいのかな?と思うようになった。だからボクは可能性を探るためにこの公園にいる。

 今のボクが一番望んでいること。それは「分かち合うこと」。
 
 誰かと一緒に料理を作ること。誰かと一緒に食事をすること。誰かと一緒に家事をすること。誰かと一緒に寝ること。誰かと一緒にどこかに出かけること。誰かと一緒に本やテレビや映画を見て感想を言うこと。誰かと一緒に喫茶店でゆっくりくつろぐこと。誰かと一緒に喧嘩すること。

 そうやってお互いの「いい部分」も「悪い部分」も含めて一緒に生きて、そこから出てくる様々な「感情」を分かち合っていきたい。そして一緒にいる「時間」を分かち合っていきたい。

<つづく>