学校の帰り道に本屋に入って三島由紀夫の小説を置いている棚の前に立った。
やっぱり三島由紀夫の小説はオレンジ色の背表紙で統一されていた。お目当だった「仮面の告白」もオレンジ色の背表紙の中にすぐに見つけた。
ボクは周囲に人がいないことを確認して、恐る恐る手を伸ばして『 仮面の告白 』を手に取った。そして小説の裏面に書かれたあらすじを読んでみた。
女性に対して不能であることを発見した青年が、幼年時代からの自分の姿を丹念に追求するという設定のもと……(以下略)
「女性に対して不能」ってことは、やっぱり参考書に書かれていた通り、三島由紀夫って同性愛者だったのかな……
まさか教科書でも取り上げられていた小説家が同性愛者だったなんて衝撃だった。
ボクは棚に並べられた三島由紀夫の小説を次々に手に取って裏面のあらすじの確認した。同じような同性愛を扱ったものがないか探してみた。ただ『仮面の告白』のように同性愛的な内容の本を見つからなかった。
後になって振り返って1つだけ疑問がある。
三島由紀夫は『禁色(きんじき)』という小説でも同性愛を扱っている。ボクが見落として気がつかなかっただけなのか、本棚に置いてなかったのかどちらかだったのか分からない。
ちなみに『禁色』のあらすじにはこう書いてある。
美青年 南悠一が女を愛することができない同性愛者であることを知り、この青年の美貌と肉体美を利用して、恨み深い現実への復讐を企てる……(以下略)
『仮面の告白』のあらすじよりも、思いっきり同性愛という言葉を使っている。恐らく本棚に置いてなかった確率の方が高いと思う。ボクが『禁色』の存在に気がついて読んだのは大人になってからだ。
どちらにせよ『仮面の告白』の小説を、パラパラとめくりながら簡単に確認しただけでも、同性愛を扱ったものであることは分かった。
この本が自伝小説っていうなら、やっぱり三島由紀夫はゲイだったんだろうな……
この時、なんだか同性愛者として生きていくことへの希望のような明るい気持ちが沸き起こってきたのを覚えている。
今までテレビのおかまタレントのような人たちしか同性愛者を見たことがなかった。なんだか彼らを見ていると暗澹たる気持ちしかしなかった。でもまさか著名な小説家が同性愛者で、しかも自分が同性愛者であることを赤裸々に公開して小説まで書いていることを知った時、同性愛者として堂々として生きていてもいいんだという気持ちが沸き起こってきた。
大人になって振り返ると恥ずかしいど、なんだか自分が同性愛者であることが少し誇らしく思えていた。
なんたってあの三島由紀夫なんだし、この小説なら家の本棚に置いていてもおかしくないよね。
そう思って、ボクは 『潮騒』 と一緒に『仮面の告白』を買うことにした。2冊同時に買ってしまうあたりが情けないとは思う。レジの女性の店員も淡々と小説を袋に入れて渡してくれた。
流石に三島由紀夫だな……怪しい感じはしないよね。
そう思いながらも、そそくさと店を後にした。
<つづく>