ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています@福岡

同性愛者の性長記録<9−5>

 なんで三島由紀夫の小説を置いている位置が変わってるんだろう……
 
 制服を脱いで私服に着替えてから居間に移動すると兄貴が寝転がって小説を読んでいた。

 その兄貴が手に持っている小説を見て、すぐに状況が理解できた。その小説はボクの本棚にあるはずのものだった。兄貴は大学の夏休みで東京から帰省していた。どうやら暇を持て余してボクの部屋に侵入して本棚から目についた小説を取り出して勝手に読んでいたようだ。よくよく思い出すと、兄貴と一緒に住んでいた時から、全く気がつかない間に本棚から本を抜き取って読んでいたことが多々あった。ただ別に気にならなかったから文句を言ったこともなかった。

 まさか……三島由紀夫の『潮騒』はいいけど『仮面の告白』の方を読んでないよね。

 そう思うと不安になってきた。自分の部屋に戻って『仮面の告白』を手に取って開いてみると開き癖がついていて、最近になって誰かが読んでいた形跡があった。次に『潮騒』を手に取ってみると同じような状態だった。

 ボクは絶望感に襲われながら、2冊の小説を以前のように本棚の奥にしまった。ごまかすために『仮面の告白』と同時に『潮騒』を買った自分の判断は正しかったと思った。

 それから数日後のことだ。同じように学校から帰宅すると、また本棚の前面にオレンジ色の背表紙が目についた。

 あれ……また三島由紀夫の小説が本棚の前に移動してる。

 そう思いながら見ていると本のタイトルが想像していたのと違っていることに気がついた、背表紙には『金閣寺』『宴のあと』と書いてあった。

 もしかして兄貴が自分で買って置いたのかな?

 居間に行ってみると数日前と同じように寝転がって小説を読んでいる兄貴の姿があった。読んでいる本のタイトルを見たら、遠藤周作の『海と毒薬』と書いてあった。その小説もボクの本棚から勝手に拝借したものだった。

「もしかして本棚に新しい本を置いた?」
「あぁ。うん。古本屋で買った。もう読んだからあげる」
「ふーん。ありがとう」
「三島由紀夫って意外と面白いね。気に入ったよ」

 そのまま寝転がって本を読んでいる兄貴を観察していても、何を考えているのか見当もつかなかった。

 なんで『仮面の告白』のような本が置いてあるんだろうと兄貴は疑問に思わなかったのかな?

うわ〜三島由紀夫ってホモだったんだ。
あれ? なんでホモの本が置いてるの?
まさか俺の弟もホモとかないよね?

『仮面の告白』を読みながら、一度でもそんな考えが頭の中をよぎることはなかったんだろうか?と深読みしてしまった。まさか目の前にいる弟が同性愛者で、三島由紀夫が同じ同性愛者と知って『仮面の告白』に興味を持って買って読んだとか、一度でもそんな考えが頭の中をよぎることはなかったんだろうか?と深読みしてしまった。

 あの小説を読んで兄貴はどう思ったんだろう?

 糞尿汲み取り人の股引きに惹かれたこと。

 ジャンヌダルクの絵を見てを「男」だと思ってたのに、「女」だと分かってショックを受けたこと。

 タイツをはいた王子が竜に噛み砕かれて死ぬところを想像して興奮したこと。

 三島由紀夫の心に秘めた願望が赤裸々に綴られた同性愛の描写に対して嫌悪したのであれば、他の小説を買って読んだりなんかしないはずだ。少なくとも面白いと思ったのは確かのようだ。

 あの日以降、兄貴の口から三島由紀夫の名前を聞いたことはない。

 ボクはその後しばらくして『仮面の告白』を他の小説と一緒に古本屋に売った。

 テレビに出ているおかまキャラのタレント以外で初めて知った同性愛者。それが『三島由紀夫』だった。

<終わり>