それでもボクは盗ってない<10>

 ボクは慌てて彼から視線を逸らした。

 向こうで騒いでいたメンバーが徐々に静かになっていった。そして小声でヒソヒソ話し始めた。

「もしかして盗ったのってあいつじゃない?」
「あっ……そうか神原なら可能性がある」

 そんな話し声が微かに聞こえてきた。ボクは絶対に彼らの方を目を向けないようにしていたけど、耳の方は彼らの会話を聞き漏らすまいとしていた。彼らの視線がボクの方に注がれているのが見なくても感じられた。

 もしかしてボクが体操服を盗ったと疑われてるの……

 しばらくの間、彼らはコソコソと神原犯人説を口にしていたけど、実際にボクは盗んでいなかった。どこにも目撃者もいないはずだ。どこにも証拠なんてないはずだっ。彼らは諦めてそのまま体操服を探す作業に戻った。でも結局、体操服は見つからなかった。体操服が見つからなかった生徒は体育の授業を見学していた。見学している彼から疑いの視線が自分に向けられているのがヒシヒシと感じられたので、なるべく目を向けないようにしていた。

 いくらホモだと言っても、好きでもない男子生徒の体操服を盗む訳ないのに何で彼らは分からないのかな……

 例えばノンケの男子生徒が好きでもない女子生徒の体操服を盗むだろうか?

 ボクからすればそれと同じようなものなんだけど、きっと彼らから見ればボクの存在は理解しがたいのだろう。彼らの中ではホモであることを公開していたボクは男子生徒の体操服を収集していても不思議ではないんだろう。男子生徒の体操服を試着したり匂いを嗅いだりするの趣味を持っていると思っているんだろう。

 残念ながらボクには全くその趣味がない。それに体操服を盗まれた男子生徒たちの顔ぶれも不良生徒ばかりで何の関心も湧かなかった。

 それにしても誰が体操服を盗んだんだろう?

 ボクもきっと盗んだのは学校内の生徒の誰かだとは思っていた。もしかしたら今同じ教室にいる誰かである可能性も高かった。

 もし僕に対する嫌がらせだったらどうしよう……このタイミングでボクのカバンの中から体操服が出てきたら完全に犯人確定なんだけど。

 誰かがボクのことを密かに嫌っていて気持ち悪いと思っていて、罠にはめようとしているのではないかと恐れていた。

 それから数日経ったある朝のことだった。

「あれ!体操服が出てきた!」

 教室の後ろで体操服を無くした生徒が叫んでいた。彼らの会話を聞いていると学校に来てロッカーの中にカバンを入れようとしたら、なぜか前日まで無かった体操服が入っていたようだ。

「あ! 俺のも出てきた!」

 体操服を無くしたもう一人生徒も同じようにロッカーの中で見つかったようだ。

「不思議なんだけど、ちゃんと洗濯されてる」
「本当だ。俺のも洗濯されてる」

 体操服が見つかった2人は喜んでいた。そしてボクも 「見つかってよかった」と密かに喜んでいた。誰が盗っていたのにせよこれでボクの疑いは晴れると思った。でもそう簡単に話は進まなかった。

「でもなんで戻ってきたんだろう?」

 体操服が見つかった2人は喜びつつも疑問に思っていた。そうボクの同じように疑問に思っていた。

「あいつ……盗んだの疑われて戻したんじゃない?」
「そうなんかな?」

 なんだか怪しい雲行きになってきた。どうやらボクは盗んだという疑惑はまだ晴れていないようだ。ボクは再び彼らの方を見ないように目をそらした。

 ちょっと待ってくれ! ボクは本当に盗んでいない! 盗んだことを疑われたからと言ってこっそり返すようなこともしていない。

 そう抗議したかったけど、かといって抗議することもできず彼らの話す内容に耳にしても黙っていた。ただ取りあえずは体操服も見つかったのだから騒ぎは沈静化すると思っていた

 その数日後のことだった。また別の男性生徒の体操服が無くなってしまった。

<つづく>