ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています@福岡

小説『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』の感想

 

『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』という角川書店から出版された小説を読んだ。発売日は2018年の2月21だから、つい先日発売されたばかりだ。

 酷い……タイトルの小説を読んでしまったと自分でも思う。

 当初はKindleで購入して読んだんだけど、今日の昼に天神のジュンク堂に行って、この本を紙書籍でも購入してしまった(自宅近くの小さい書店には置いてなかった)。一階のレジまで持っていくのにタイトルを隠して持って行ったけど、レジの男性店員には堂々と書籍のタイトルを見えるように渡した。タイトルを見た店員さんが「えっ?」と一瞬だけ驚いたけど努めて平静に手早く会計を済ませて渡してくれた。以前だったら、同性愛やゲイやホモなんて言葉がある本はAmazonで購入していて、リアル店舗で絶対に買わないような本だけど、このサイトで自分がゲイであることに向き合って毎日文章を書き続けているせいか、恥ずかしさも無くなってきた。

 まだ発売されたばかりなので、あまりネタバレはしないようにあらすじを紹介する。

 主人公は男子高校生(安藤純)で、新宿の書店で同じクラスの女子高校生(三浦紗枝)が同人誌を購入している場面に出くわしてしまう。主人公の安藤君はゲイなんだけど、家や学校ではゲイであることを隠して生きている。ただ年上の家庭持ちの男性と知り合って肉体関係を持っていたり、新宿2丁目の行きつけのカフェがあったりと、インターネット上でゲイの知り合いがいたりと、それなりにゲイの世界とは関わりと持って生きている。同級生のBL好きの三浦さんが同人誌を買っているのを見ても、ゲイの安藤くんからすれば、そこまでBL好きの女性を拒絶する理由はない訳で、彼女に誘われてBL関連の限定グッズの販売会に一緒に行ったりして二人の関係が始まっていく。

 こうやってレビュー文章を書いていて思ったけど、もしボクが天神のジュンク堂で、この本を購入しているところを職場の同僚に見つかったら、この小説を同じような状況になってしまうことに気がついた。

 作者の浅原ナオトさんってどんな人なんだろう……

 ボクは作者の浅原ナオトさんについてもっと詳しく知りたくなった。作者がどこの出身なのか? 何歳なのか? もっと詳しい情報が知りたくてインターネットで調べてみた。でも浅原ナオトさんについての情報は落ちていなかった。本の背表紙に書いてあるかと思ったけど何も書いていなかった。どんな人なのかすごく興味がある。

 この本をKindleだけでなく紙書籍でも購入したのには理由がある。なんとなく石川大我さんの『ボクの彼氏はどこにいる?』を読んだ時と似たようなモヤモヤとした何かがあるように感じたからだ。ここ2週間くらい暇ができると、Kindleで『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』を開いて読んでいたけど、いっそ紙書籍で読んだ方が読みやすいと思ったので両方で購入した。帰りの電車の中でも、タイトルを隠して気になっていた箇所を拾い読みしていた。

 ボクは、この本を読み始めた当初、心の中で「どうせ同性愛者が救われる展開なんて難しいだろうから中途半端に終わるんだろうな」と馬鹿にしながら読んでいた。

 きっと最後の辺まで主人公の安藤くんはゲイであることを隠していて、最後の辺りで三浦さんにバレて、それで受け入れられるか、別れて終わるんだろうなと思っていた。でも安藤くんのカミングアウトは予想よりもずっと早く訪れた。

 この先……どうなっていくんだろう。

 ずっと昔の自分と重ね合わせて読んでいた。

 このサイトを読んでくれている人は知ってると思うけど、ボクは中学時代と高校時代にカミングアウトしていた。同学年の生徒が全員、ボクがゲイであることを知っている状態だった。だから学生時代にカミングアウトすることの辛さは身をもって知っていた。そしてボクは自分がゲイであることを隠して生きる道を選んでしまった。

 でもこの小説の主人公の安藤くんや親や同級生は色々な苦難に遭いながら乗り越えていく。この辺は、実際にこの本を手にとって読んで見て欲しい。

 ボクにはそんな展開を「どうせ小説の世界のことだから」と馬鹿にすることはできなかった。
 
 少し前に英司さんが書いた『虹色のディストピア』というnoteで掲載されている小説に関するレビューを書いた。この時からずっと思ってたんだけど、創作って……小説って……いいなと思う。

 ボクはこのサイトで過去に自分に起こった出来事や、その出来事に遭遇して思ったことを、思い出しながらなるべく忠実に書いている。でも自分の過去の出来事を書いている限り、人に共感してもらえるかもしれないけど、救いや希望のような明るい何かを感じてもらえててるんだろうか?と疑問に思っている。ボクの書いている文章は、自分の人生を切り取ったもので、何か問題が起こったとしても全てが解決することもなく、ただ漠然と進んでいるだけだ。

 でも小説という創作の世界だったら、そんなことを無視できる。何かテーマを決めて、それに対して解決する道筋をつけて読者にに明るい救いや希望のような何かを感じてもらえるように思う。

 ボクもいつか小説を書いてみたいと思った。

 もしかしたら、この本は、このサイトを始めるきっかけになった石川大我さん『ボクの彼氏はどこにいる』と、このサイトを続けるきっかけになった田亀源五郎さんの『ゲイ・カルチャーの未来へ』に続く本になるような気がしている。

 もしボクが中学時代か高校時代に、この小説と出会っていたら、ゲイであることを隠して生きていく選択をしたんだろうか……と思ってしまった。カミングアウトしていても、普通に友達をして接してくれた同級生がいた。「好き」と告白しても、普通に接してくれた同級生がいた。でも中学時代や高校時代のボクはそんな大切な人たちのことを、深く考える余裕もなかった。この小説と出会っていたら、もっと違う道を選択できたんじゃないだろうか……と思った。

 最後のシーンで安藤くんが自己紹介で口に出そうとした言葉は、きっとボクが大学時代から捨ててしまった言葉だ。そして大人になったボクが取り戻したい言葉だ。

 

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