それでもボクは盗ってない<13>

 ボクは私立大学を志望していたから、2月になってから大学受験が本格的に始まった。そして2月末に志望していた大学に合格が決まっても、そのまま卒業式まで全く学校に顔を出していなかった。だから松田君とは1ヶ月以上も顔を合わせていなかった。まだ携帯電話もない時代だったから、お互いに連絡する手段を持っていなかった。

 ボクは心の中で、ある決意をしていた。

 高校を卒業したら、自分が同性愛者であることを隠して生きることを決めていた。同性愛者ではなく異性愛者として振舞って生きることに決めていた。

 これから大人になって生きて行く上で、今までのようにカミングアウトをして生きて行くのは危険だと思っていた。これから先は「子供の世界」じゃなくて「大人の世界」だ。今までのように無邪気にカミングアウトしていれば、これから先の50年以上もある人生が、どんなに酷い目に会うのか子供にでも想像できた。ボクの頭の中では教育実習生のKさんの取った態度が焼きついていた(『母親にゲイとバレる日<2>』を参照)。無邪気な「子供の世界」と違って、「大人の世界」でカミングアウトしていれば、もっと露骨に否定されるような予感がしていた。

 今までの人生を断ち切るのなら、このタイミングしかなかった。自分の過去を知らない人と出会って、一から人生をやり直すのは、このタイミングしかなかった。

 そして卒業式の日を迎えた。

 ボクは登校して教室で松田君と久しぶりに再会した。教室で会うのも今日が最後と思うと、なんだがぎこちない感じがした。ここ1ヶ月以上も顔を合わせてなかったらから、大学受験中の出来事について話をしていた。彼は地元の隣の県の大学に合格していた。ボクは遠く離れた京都の大学に通うことになっていてから、卒業したらほとんど顔を合わす機会は無くなると思った。

 あと3時間もしたら卒業式も全て終わってしまうと思うと悲しかったけど、それからあっという間に卒業式も終わって、教室に戻って担任の先生から卒業証書をもらった。これで全ての行事が終わった。ボクは母親に「松田君と一緒に帰るね」と告げて教室から出た。

「また休みに帰省したら会おうね」

 すれ違う同級生からそう声をかけられた。

「うん。じゃあね!またね。夏休みに帰って来たら会おうね」

 ボクは心の中で「嘘をついてごめん。もう君達と会うことはないと思う」とつぶやいていた。ボクの過去を知っている人とは会わないことに決めていた。もし再会してしまえば、昔のように同性愛者として振る舞う必要があるからだ。

 仲の良かった同級生に別れを告げて、ボクらは自然と2人で自転車置き場に向かっていた。高校時代の3年間。ずっと一緒にいたから、お互いに何も言わなくても、最後は二人きりで別れることを決めているように行動していた。そして自転車を押して校舎から出た。

「いつ頃、京都に引越しするの?」
「2週間後ぐらいかな。母親とアパート探しすることになってる。そっちは?」
「まだ何も予定が決まってない」

 ボクらはさっき教室で話した過去の大学受験中の話と違って、来月から始まる未来の大学生活について話していた。

「そっかボクのところは兄貴がいたから何をやればいいのか分かってるから」
「こっちは隣の県だから近いからどうとでもなるのかな……」 

 これから先の未来は、今までのように二人で一緒に共有していく訳ではないことを思った。

 あと……もう少し歩いたら、いつもの分かれ道にたどり着く。ずっと心の中で決めていた言葉を伝える時間が近づいていた。

<つづく>