ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています@福岡

ゲイとして生きる居場所を築くこと<前編>

 よくコメントを投稿してくださる川上さんから以下のようなコメントをもらった。

以前からなんで神原さんは掲示板とか使わないのかな?と思っていましたが、やっと解りました。拘りたい出会いが有るんですね。


「拘りたい出会い」という言葉を見た時、「そういえばはっきりと書いてなかったのかな?」と思ったので、この機会に書いておこうと思う。川上さんへの返信コメントに書いているけど、あまりに『ゲイブログを書く前後』から話が逸れてしまうので、数行書いたところで文章を削除してしまった内容だ。

 ずっと漠然と感じていたことがある。

 昨年の年末に読んだ本の中に、現在のボクの考えと似ているというか、的確に表現した文章に出会った。以前、このサイトのレビュー記事でも触れたことのある『僕たちのカラフルな毎日』(著者:南和行+吉田昌史)に書いてる以下の文章だ。

 学生とかまだ若いうちは、パッと見た目でその場でときめいて、何度かデートして、場合によってはセックスして、それを「シアワセ」と思えるかもしれないけど、長いつきあいになるんだったら、見た目やセックス以外の「シアワセ」で関係を長続きさせなければならない。
 育ってきた環境も違えば仕事も違う人と、ゲイということしか共通項がない関係で、ずっと「シアワセ」な関係を築くことができるだろうか。「短期的なセックスフレンドはできても、長期的に一緒に生きる人なんて、数少ないゲイの人の中に見つけられるわけない」という気持ちをずっとぼんやり持っていた。
 だから、人生を共に生きる人との出会いについては漠然としたあきらめがあった。(P.21〜P.22参照) 

 この「ゲイということしか共通項がない関係で、ずっと「シアワセ」な関係を築くことができるだろうか」という言葉を読んだ時、今までの自分の人生を振り返ると胸が痛くなってきた。

 この本の著者の2人は、年齢は違っていても同じ地元で、同じ高校出身という共通項があって、さらにお互いにゲイであることを知っていて、それを足がかりに人間関係を深めていくことができた。例えば、ボクにとっては身近で人間関係が深まっていく場といえば職場だけど、ゲイであることを隠したままで生きていて出会いはあるのかというと、かなり確率は低いと思う。ボクの恋愛対象は同性だけど、存在する確率的に言えば、ゲイの比率よりもノンケの比率の方が圧倒的に多い。さらにボクがゲイであることを隠しているのと同様に、相手もゲイであることを隠している可能性がある。いくら職場で仕事を通して、相手のことを知ることができて人間関係が深まることができたとしても、ゲイの人にとっては出会いを求めるのはかなり難しいと思う。

 じゃあ……ゲイの人たちが出会いを求める場となると思いつくのは限られてくる。

 正直な気持ちを書くと……これから先、ボクは……

 ゲイ向けの出会い系の掲示板を書くこともないと思う。

 ゲイアプリを通して誰かとやりとりすることもないと思う。

 有料ハッテン場に行くこともないと思う。
  
 そんなことに時間を使うのなら、このサイトに文章を書いたり、仕事や趣味や家事などに時間を使っていきたいと思っている。そして上記に書いたこと以外の方法で、これからどうやって動いていけばいいか、考えたり行動していく方に時間を使いたいと思っている。もう大学時代から色々と試してきて「ゲイということしか共通項がない関係」では長続きしないことは痛感しているから。もしかしたら過去と同じようなことをしていても、いつか出会いのようなものがあるのかもしれないけど、どちらにせよ長期的な関係は難しいのでは?とも思っている。

 だから、人生を共に生きる人との出会いについては漠然としたあきらめがあった。

 このゲイブログを書き始めるまでのボクは、とっくにあきらめていたんだけど、今はもう一度抗ってみたいと思っている。
 
 まだ長くなりそうなので、続きは明日に書きます。

<つづく>