人見知りゲイの異常生活<前編>

 ここ最近、重たい文章ばかり連日のように書いているので筆休めをして、今回は軽い文章を書くことにする。

 福岡の街は、菜種梅雨の季節になっているのか連日雨が続いている。 3月20日の火曜日の朝も雨が降っていた。ちょうど仕事場に出かけようと外に出た時は雨が止んでいたので、ボクはイヤホンをつけて音楽を聴きながら足早に仕事場に向かって歩いていた。仕事場までは歩いて片道25分だ。往復だと50分になって軽めの運動にはちょうどよいので、よっぽど天気が悪い日を除いて歩いて通勤するようにしている。
 
 ちょうど半分くらいまで歩いた時だった。

 国道の真っ直ぐに伸びている道の先に、一人の坊主頭の少年が立っていた。ボクとの距離は30メートルくらいだった。なぜかその少年はボクの方をじっと見つめていた。

 なんだろう……あの男の子? ランドセルを背負っているから小学生だと思うけど、小学4年生か5年生くらいかな?

 周囲をキョロキョロと見渡しても誰もいなかった。ボクは横断歩道を渡って、少年が立っている側の歩道にたどり着いた。その少年の視線は、ずっとボクの動きを捉えて離さなかった。どんどん近づいていくボクを真正面からじっと見つめてきた。ボクの中で「この少年はなんで食い入るような視線で見てくるのだろう?」と不思議に思った。そしてあれこれと推測をしながら歩いて近づいていった。

 ははん。そうか……分かった。きっとこの少年はボクに気があるんだな。ボクの知らないところで、毎日通勤しているボクの姿を見かけていて、とうとうボクへの恋愛感情が隠せなくなったんだろうな。

 一瞬のうちに、そんな妄想を組み立ててしまった。もはや……ただの変態である。その少年との距離は10メートル以内に達した。それでもまだじっとボクを見つめて目を離さなかった。

 なんて積極的な男の子なんだろう。きっとこの子はゲイで、さらに第六感を超える第七感に目覚めていて、黄金聖闘士(ゴールドセイント)だけが持っているセブンセンシズに目覚めていて(※車田正美の『聖闘士星矢』参照)、ボクがゲイであることを感じていたんだろう。末恐ろしい少年だな。でも残念だな……ボクは20歳以上でないと恋愛対象にはならないんだよね。ごめんね。

 一瞬のうちに、そんな妄想を組み立ててしまった。もはや……ただの痛いおっさんである。ボクは気取った感じで少年のすぐ側まで近づいて真正面から目を合わせて、そのまま側を通り抜けた。

「すみません!」

 その少年は側を通り過ぎようとしたボクを呼び止めた。ボクは一瞬何がおきたのか分からなかったけど、声をかけられたことに気がついて立ち止まって、彼の方を振り向いた。少年は真剣な眼差しでボクの目を凝視していた。
 
 なんて……積極的な子なんだ。まさか20歳以上も年齢が離れている見知らぬ男性を引き止めて、しかも同性相手にいきなり告白をしようとしてくるなんて。もはや黄金聖闘士を軽く超えているな。彼は第八感のエイトセンシズに目覚めていて神聖衣(ゴッドクロス)をまとって神の領域に達してるんじゃないだろうか。それにしてもボクも罪な男だな。こんな小さな男の子の初恋の相手になってしまって、しかも彼を袖にしなきゃいけないなんて。ごめんね。

 一瞬のうちに、そんな妄想を組み立ててしまった。もはや……ただの逮捕間近というか逮捕された方が社会のためになりそうな野郎だ。

 「何?」

 ボクは慌ててイヤホンを外して彼に声をかけた。そして彼の言葉を待った。

「すみません!」
「……」

 とうとうこの日が来たか、面と向かって同性から告白される日が。まさかこんな早く訪れることになろうとは。そしてこんな少年に告白されるとは思いもしなかった。

「今……何時ですか?」

 ボクは彼の口から出た予想外の言葉に、彼が何を言ったのかとっさに理解ができなかった。

「今……何時ですか?」

 ボクがテンパって理解ができていないことに気がついて、その少年は辛抱強くもう一度同じ質問をしてくれた。

「あっ? 何時って時間ですね」

 ボクは慌てて腕時計を見ようとしたけど、腕時計は職場の引き出しの中に入れたままになっていた。いつも出勤してから腕につけているのを忘れていた。何もつけていない腕を呆然と見てから、慌ててポケットの中からスマホを取り出して、彼の前にスマホの画面突き出して見せた。スマホの画面には、現在の日時と一緒に、ついさっきまで音楽再生していた『中島みゆきー 慕情』の文字が表示されていた。ご丁寧にCDのジャケットまで表示されていた。

「7時39分ですね」
「ありがとうございます!」

 その少年は深々と頭を下げて10メートルくらい先にあるバス停に歩いていった。そしてボクは呆然と取り残された。

 そうか……バスを待っていて時間を知りたかっただけなのか……

 今更になって、妄想したあれこれが猛烈に恥ずかしくなった。「あの……おっさん朝っぱらから中島みゆきとか聴いてんじゃねーよ」と思われてないかとも。しかも「いい大人が狼狽えて丁寧語で話してんじゃねーよ」とも。いや……まさかそんな大人びたことを考える訳もないよな。でも彼は第八感のエイトセンシズに目覚めている畏怖すべき少年だからなどと思って、ボクは逃げるようにその場を後にした。

<中編に続く>