人見知りゲイの異常生活<中編-2>

「ヤシュチャク」のBL妄想は急停止することになった。ボクはニヤニヤしたマヌケな顔から、急いで真面目な神妙な顔に戻した。

「すみません。ここのWi-Fiの繋ぎ方教えてもらえませんか?」
「えぇーと。ユーザー登録はしてますか?」
「ユーザ登録って何ですか?」

「またか!」と思った。店のWi-Fiに繋ぐには、きちんとユーザ登録しないといけないのだけれど、パソコンやタブレットを持ち込んだだけで、自動で無線につながると勘違いしている人が多い。都会ではいないのかもしれないけど、地方では勘違いしている人がポツポツといる。店内ではボク以外にも数人がパソコンを持ち込んでネットライフを満喫しているのに、よくわからないけど何故か狙い撃ちするように、ボクにWi-Fiの接続方法を質問してくる。

 半年くらい前にお爺さんがタブレットを持ち込んで、「ウィッフィーはどうやって使うのか?」と質問されて、マカフィー(McAfee)が名前を変えて新しいウイルス対策ソフトを発売して、そのソフトの入れ方を質問してきたのかと勘違いしたこともあった。そのお爺さんはなかなかの強者で、Wi-Fiに繋いだ後は、タブレットとスマホで同時に別々のゲームをして優雅に遊んでいた。

 スタバでもWi-Fiの接続方法を何度も同じ質問をされていて、モスバーガーでも同じ質問をされていた。ボクは「そんなことは店員に訊いてくれ」と言いたかったが、ユーザ登録の方法を説明して自席に戻った。たまに店員に質問しているお客もいるけど、うまく説明ができない店員もいたり、もしくは忙しくて対応ができないことが多くて、店の方にWi-Fi説明用のスタッフとしてアルバイト料を請求したいくらいだ。隣の席の客を見ると、ボクの説明通りにユーザ登録を始めたようだ。

 ボクは落ち着きを取り戻して、神聖不可侵なBL妄想に再び戻った。そして徐々に真面目な顔から、ニヤけたマヌケな顔に戻っていった。

職場で夜遅くまで一人で残って働いていたchuckさんは、スマホから目を離して天井を見つめる。そして急に椅子をはじき飛ばして立ち上がってから、カバンを手にとってオフィスから飛び出していく。次のシーンでchuckさんは電車に乗って流れていく夜の景色を見つめている。(飲み込んでおくれ〜♪ 巨大な鯨のように〜♪ あぁ僕は彷徨うピノキオの気分だ〜♪ )。一方のヤシュウさんは冷静だ。スマホをベットの上に投げ捨てて、間接照明だけの暗い部屋でベッドに横になったまま天井を呆然と見つめている。chuckさんのように動き出す気配はないようだ(何かが僕を変えるはずさって〜♪ 夢見て暮らしている〜♪ )。chuckさんは地下鉄から降りて改札口を出ようとする。そこでふと足を止める。その改札口は初めて会った夜に抱き合った場所だった。(輝く光じゃなくっても〜♪ 消えることない心の灯りはいつも〜君を照らしてる〜♪)一瞬、chuckさんの瞼に抱き合った時の映像が流れる(祈るように 叫ぶように〜♪ この想いがはぐれないように〜♪ )。(ここでBGMが一旦停止する)。

「ぐへへへ……ヤシュチャク堪らんぜよ! chuckさん……せつなくて可愛すぎるよ! ヤシュウさん冷静で大人すぎるよ! 二人の対照的な感じがたまらんぜよ!」よだれが垂れそうなくらいに破顔しつつもボクのBL妄想は、もはや誰にも止められない状態に戻った。

次のシーンでは、chuckさんが夜の公園を一人で歩いている。以前ヤシュウさんと一緒に歩いた公園だ。しばらく歩いて公園の中央にある噴水の前に立ち止まっていると、背後から気配がする。後ろをゆっくりと振り向くと、ベッドに横になっていたはずの、ここにいるはずのないヤシュウさんがいる。(ここでBGMが再開する。一番のサビと二番目を飛ばす)(あって当然と思ってたことも〜♪ 実は奇跡で〜♪ 数え切れない偶然が重なって〜♪ 今の君と僕がいる〜♪ )。涙が溢れるchuckさんにゆっくりと近くヤシュウさん。chuckさんが何かを言おうとするけど、大人なヤシュウさんは「何も言わなくても分かってる」とばかりに、chuckさんを優しく抱きしめてキスをする。そして二人は力一杯に抱きしめ合ってキスをする(繋いでいたその手が離れてしまっても〜♪ 見失わぬように君のそばにいるよ〜♪ 希望を胸に吸い込んだら〜また君と泳いでいこう〜♪ here comes my love〜here comes my love〜♪ いつかきっと〜僕ら辿り着けるよね〜♪)

「そうだ。いつかきっと君たちは辿り着けるよ!」。ボクは熱くなった目頭を押さえキーボードをバンバンと叩いてタイピングしていた。「ヤシュチャクの二人が完璧するぎる……歌詞の世界観と二人の動きがぴったりだ」。ボクのニヤけた顔はMAX達していた。もはや誰が見ても独りでパソコンの画面を見つめて笑っている変質者にしか見えない。こんな妄想ばかりしているから、お婆さんから通りすがりに、「歩きながらニコニコ笑ってて楽しそうよ」と言われるのかもしれない。はい。その通りです。よくしょーもない妄想ばかりしてニヤニヤしてます。

そしてエンディングでは星野源の『恋』が流れ出す。星野源のポジションはヤシュウさんで、新垣結衣のポジションはchuckさんだ。ボクの妄想の中で、ヤシュチャクの二人が、部屋で「恋ダンス」を楽しく踊り出す。(夫婦を超えてゆけ〜♪ 二人を超えてゆけ〜♪ 一人を超えてゆけ〜♪ )

「これは完璧なエンディングだ。もはや……ヤシュチャクの二人はゲイの希望であり、『夫婦』や『二人』や『一人』を超えた存在の『夫夫』だよ」。あまりの感動に涙がしたたり落ちるのを堪えて、ボクは天井を振り仰いだ。

「ありがとうございます」

「そうそう……chuckさんとヤシュウさん。ありがとうございます!」「えっ?ありがとうございます?」。再び隣の席から声をかけられて、妄想世界から現実世界に引き戻された。

 ボクは涙で溢れた瞳のまま声をかけてきた隣の席の人の顔を見た。

「Wi-Fiつながりました。どうもありがとうございます!」
「あっ……そうですか」

 ここまででBL話は終わって本題に戻る。

 えぇ〜と。文章を書いているボクの方がBL妄想を書きたかったのか、何を書きたかったのか分からなくなったが、

 簡潔にまとめると。

 「スタバやモスバーガーでWi-Fを繋ぐ方法が分からない客から声をかけられることが多い」

 たかがそれだけの単純な話なのに、ヤシュチャクの二人に散々に迷惑を撒き散らしながら長々と書いてしまった。それにしても素面でこんな無茶苦茶な文章を書くことができるようになってしまったのが、ボクと同じく「はてなブログ」でゲイブログを書いている高橋さんの影響だとすれば、高橋さんはボクの中の「禁断の扉」を開けてしまった感がする。こんな文章書けるようになって後悔しているのかと問われれば、全く後悔していない。でも「いやいや……こんな文章を書いてますが、割とまともなんですよ!」と、役に立たないフォローをしておく。

<後編に続く。次こそは終わらせます>