ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています@福岡

10年ぶりのカミングアウト

 ボクは隣に座っている女性の髪に桜の花びらがついているのに気がついた。

「髪に桜の花びらがついてますよ」
「あらっ。さっき桜の木の下に座ってパレードを見てたから」

 黒と白が綺麗に混ざりあっている長い髪に手を伸ばして桜の花びらを取ってあげた。きちんと手入れしていることが感じ取れる美しい髪だった。「ありがとう」と女性はお礼を言ってきた。ボクは「桜の花がついたままの方が、おしゃれな感じがして取らなかった方がよかったかも?」と取ってあげたことを後悔していた。耳元で光っている螺鈿のイヤリングと着ている服が素敵にマッチしていて、きちんとしている女性なんだと分かった。ボクの母親よりも少し年上に見えた。

 ボクは隣に座っている見知らぬ女性と一緒に離れた場所からLGBTのパレードを見ていた。今日の日差しは春というよりは初夏のようにきつくて、ボクとその女性は逃げるように木陰の下のベンチに偶然に座って一緒に話をしていた。

「思ったより少ないね……」
「でも150人くらいいると思いますよ」
「本当はもっといるんでしょうけど。熊本も田舎だからいろいろと難しいのね」
「マスコミの人もいるみたいですよ。あの腕章をしてる人がそうです。NHKも来てるみたいです」
「当事者だけでなくて家族も来てるみたいね」
「そうですね」
「通りを歩いている人たちは、どんな気持ちで彼らのことを見てるのかしら……」
「そうですね……」

 ボクは何て言ったらいいのか思い浮かばずに黙っていた。なんだか初めて会って話しているのに、黙ったまま一緒に座っていても疲れることがなくて不思議と安心できた。「写真撮影が大丈夫な人はこっちに集まってください」とパレードの主催者が呼びかけていた。

「参加しなくていいんですか?」

 ボクは隣に座っている女性に訊いた。

「私は少し遠くから興味があって来ただけだから、こうやって見ているだけでいいの」
「ボクも福岡から来たんです」
「どうやって来たの? 車?」
「新幹線です。福岡から熊本まで30分くらいで来れます」
「新幹線じゃ味気ないわね。乗ってすぐに着いちゃうでしょ」
「そうですね。風景を楽しむ時間もなくあっという間です」

 ボクは彼女と話していると不思議とゆっくりできた。きっと彼女もなんとなくボクと同じように思ってくれていると感じた。公園の中央にある丘の上に脚立を置いて、見下ろす形でパレードの参加者の写真を撮っていた。公園にいる参加者の大半が写真に写っていた。

「あなたはいいの?」
「ボクはパレードが出るのを見たら福岡に帰ります。明日から4月2日で仕事始めです。新人も入って来て職場も忙しいので」
「そうか。もう明日から仕事始めになるのね」

 本当は最後までパレードを見ていたかった。時間的にも福岡まで30分で帰れるので問題なかった。

 ただ……ボクはこの場に来て、自分がこれから何をするべきなのか分かった。

 そのことに気がついてから、もう一緒にパレードで歩く必要はないと心に決めていて、ただパレードの結末を最後まで見るべきかだけ迷っていた。「最後までパレードを見ていたいという気持ち」と、「最後までパレードを見る必要がないという気持ち」で揺れ動いているときに彼女と出会った。それからボクの中の気持ちは「最後まで見る必要がないという気持ち」に傾いた。

 風が吹いて桜の花びらが散っていた。桜の木を見ると福岡よりもずっと早く熊本の桜は散りかけてしまっていた。写真撮影が終わってパレードの段取りの説明を実行委員の人たちがしていた。

「障害者の人は知り合いに多くいたけど、LGBTを知ったのは少し前で、存在自体を全く知らなかったの。でも、そもそもLGBTという言葉自体どうなのかしら……」
「ボクもLGBTの当事者なんです」
「あぁ。そうなの」
「当事者ですけど、あまりLGBTって言葉は好きじゃないです」
「やっぱりそうなのね」
「職場でも『あいつ今流行りのLGBTなんじゃない?』とか話をしてて、話を聴いているボクの方が、『そうなんだけど』って笑いながら黙って聴いてます。職場ではゲイなのを隠してますので」
「きっとほとんどの人がそうやって隠して生きてるのね」
「ボクは子供の頃は公開してたんですが、大学時代からは隠して生きてます」
「そうなの。私はLGBTの当事者じゃないけど、70年近く生きてきたけど全く知らなかった。彼らがこんな形でパレードをするなんて考えられなかった。きっと私が今まで会ってきた人の中にも、そういった人たちがいたんだろうなって思って。私が知らない間に傷つけた人たちがいたんだろうなって思ってね。今まで知らなくて無関心でいたけど、こうやって目の前にいる彼らを知らないでいるのは済まされないと思って見にきたの」

 ボクは数分経って自分の言葉を思い返してから、この女性にカミングアウトしてしまったことに気がついた。

 約10年ぶりのカミングアウトだった。

 そのことに気がつくと感情が高ぶってしまって涙が溢れてきた。それからパレードを見るのに集中することで涙が流れるのを必死にこらえていた。さっきからパレードに参加する人たちは整列しているのに、なかなか出発しようとしなかった。ボクは「なかなか出ないですね」と何度も言って、泣かないようにこらえていた。

 それから10分くらい経ってようやくパレードは出発した。ボクと彼女はベンチから立ち上がって、パレードの最後尾が公園から出て行くのを見送った。公園にはボクと彼女と、後片付けをするパレードの実行委員の人たちが残った。

 ボクは彼女に別れの言葉を伝えようと思った

「実は……さっきボクはLGBT当事者って言ってしまったんですけど、よくよく考えてみたら10年ぶりにゲイだってカミングアウトしたことになりました。聴いてくれてありがとうございます!」
「あぁ。そうなの」
「10年ぶりです」
「あらあら」

 彼女は笑いながらうなずいて聴いてくれた。

「それじゃ。ボクは帰ります。あっちの方でタクシーを拾いますんで」

 これ以上、この場にいたら涙が溢れ出てしまいそうだった。泣いているところは見られたくなかった。

「また熊本にいらしてね! また会えたらいいわね」
「はい。それじゃあ……またいつか!」

 ボクは頭を下げて別れた。そしてパレードとは別の方向に向かって歩きだした。

 途中で振り返ると彼女はまだ公園の同じ場所で手を振ってくれていた。ボクも手を振り返した。横断歩道を渡りながら振り返ると彼女はまだ同じ場所で手を振ってくれていた。ボクも手を振り返した。横断歩道を渡り終えて振り返っても、まだ彼女は手を振ってくれていた。ボクは彼女の姿が見えなくなるまで手を振って、最後に見えなくなる直前に頭を下げた。

 そして彼女の姿が見えなくなってから道端で泣いた。

 2018年4月1日。ボクは約10年ぶりにカミングアウトした。

 

 カミングアウトした場所はLGBTのパレードが行われた熊本だった。相手は名前も知らない本当に素敵な女性だった。きっともう二度と会うことはないけど、ボクは彼女のことを絶対に忘れない。