そのまま川沿いを歩いて天神中央公園まで歩いて空いているベンチに座った。
公園の桜の木も満開で、川沿いと同じように花見の客でいっぱいだった。近くの済生会病院に救急車がサイレンを鳴らしながら入っていった。公園の広場では、花見には興味がないのか子供達が集まってボール遊びをしていた。ボクはベンチに座って遠くから桜を見ながら、「ある場所」の出来事を思い返していた。
「あのおっさんって誰か知り合いだったの?」
「さぁ……いったい何がしたかったのかな? すぐに帰っちゃったよね」
そんな会話が、ボクが去った後に「ある場所」で会話されてそうで凄く恥ずかしくなっていた。
何と言ったらいいのだろうか……彼らのコミュニティは既に出来上がっていた。ボクが入っていく隙なんてないように思えた。それにボク自身も彼らのコミュニティを見ていて加わりたいという気持ちが湧かなかった。
まだ当分時間があるんだけど、これからどうしようかな……
この日の夜、もう一つ別の場所に行く予定があった。こっちの予定は1週間くらい前に決めていた。ただ「ある場所」の滞在時間が予想外に短すぎて時間がぽっかりと空いてしまった。
次に向かうのは、天神にあるKBCシネマという映画館だった。
その映画館で、20時40分から上映される『BPM』という映画を観るつもりだった。ただ時計を見ても、まだ19時を少し過ぎたくらいで1時間以上の時間があった。この映画は4月上旬に公開が終わってしまうので、この日を逃したら観る機会はなかった。
もう家に帰ろうかな……
さっきの「ある場所」での出来事から、ボクは完全にくじけてしまっていた。
こんなことして意味があるのかな……もう映画なんかどうでもいいよ。さっさと家に帰って寝るべきだよ。
映画の上映終了は23時15分だった。そこから急いで西鉄天神駅に戻り電車に乗って、地元の駅に着いた頃には、とっくに日付が変わってしまう。家に帰宅して寝る頃には深夜2時を過ぎているだろう。
「もう映画なんか見ても状況は変わらないだろうし、さっさと家に帰ろうよ」
自分に対して語りかけてくる、もう一人の自分がいた。
「そうだよね……もう映画なんて見ても今の状況は変わらないよね。一旦家に帰ってから今後どうしたらいいのか落ち着いて考えて観るべきだよね。明日の予定もキャンセルしてさ……」
もう一人の自分の声に、そう答えた。
ボクはベンチから立ち上がって駅に向かって歩き出した。福岡市役所を通りぎて天神コアとイムズの間を通り抜けて渡辺通に出た。そして渡辺通の横断歩道を渡って、西鉄天神駅の改札口に上がるエスカレータ前で急に立ち止まった。エスカレーターを上がればすぐに改札口があった。
エスカレータの前に立ち止まったまま、映画を見に行くべきか帰るべきか数分間ほど迷っていた。横断歩道は赤信号に変わっていて沢山の人が立ち止まっていた。その赤信号をぼんやりと眺めていて青信号に変わった瞬間だった。
やっぱり映画を観に行こう!
そう決めて、さっき渡った横断歩道を後戻った。
「映画を観に行くべきか迷っているのなら、映画を観たいという気持ちが少しでもある訳だし、それなら観なくて後で後悔したくない」と思った。くじけてしまっていたけど「もう行動することを止めない」と決めた意地もあった。
ボクは青信号になった横断歩道を渡って博多湾に向かって渡辺通りを歩きだした。KBCシネマは渡辺通り沿いにあった。
昨夜遅くにKBCシネマで『BPM』という映画を観て来ました。エイズや同性愛者などを扱ったフランスの映画です。 pic.twitter.com/IGjMM5V1Gs
— 神原 隆臣 (@taka_kanbara) 2018年4月1日
それからKBCシネマに到着して、チケットを購入して1時間以上も本を読んで時間を潰した。20時30分になってからボクは2番シアターに入った。ボクを含めて観客は8人とかなり少なかった。
上映される『BPM』はHIVに感染したゲイのカップルが出て来るフランスの映画だった。
<つづく>
※映画のタイトルの『BPM(ビート・パー・ミニット)』は、心拍の速さを示す単位。
または音楽の演奏のテンポを示す単位を意味しています。