ゲイ集う成人映画館の手記<3>

 さっきのおかしな反応は、いったい何だったんだろう……

 そう疑問に思いながらもトイレ前のベンチに座ったまま、ボクたちの会話は続いていた。少しヨソヨソしくなっていた彼の態度も時間が経つにつれて元に戻っていった。ボクは彼の気分を害すようなことを言っていないはずだ。彼のことを「少し変わった人なのかな?」と思っていた。

 それにしても不思議だったのは、いつもならゲイの人たちが、もっと●都●所をウロウロしているはずなのに、彼と話している最中は全く姿を現さなかった。ボクら以外は誰もいなかった。深夜の●都●所は、ボクらの声を除いて静まり返っていた。

 なんとなく視線で感じてはいたんだけど、彼はボクと肉体関係を持ってもいいようだった。でもボクは野外で肉体関係を持つ気は全くなかった。

「どうかな?」

 彼はタイミングを計って誘って来た。

「すみません」

 ボクは頭を下げてあっさりと断った。

「そうなんだ」

 彼は無理強いすることがなくて、あっさりと諦めてくれた。

 彼はボクよりも、ずっと背が高くて体つきもガッシリとしていた。ボクは体格がいい人が苦手だった。ただ、ボクは彼に対して恋愛感情は抱かなかったけれど好感を抱いていた。彼の笑っている顔を見て「この人のことが好き」だと思った。

 野外のハッテン場で出会う人は、肉体関係を持つことばかり目的としている人が多かった。でも彼はなんとなく違った雰囲気があった。彼は屈託のない笑顔で話してくれたけど、他のゲイの人は笑顔すら見せてくれない人が多かった。

「こいつと肉体関係が持てるか?」
 
 ずっとそれだけしか考えていない人が多かった。

 それからボクは自分の出身地の話をしたり、彼も仕事の話をしたりと雑談を続けていた。彼はボクの出身地のことをよく知っていて、ボクの出身地の特産品が好きだと言っていた。しばらくしてお互いに慣れて来ると

「メールアドレスの交換をしない?」

 と彼の方から提案してきた。ボクは「いいですよ」と答えて、彼にメールアドレスを見せてアドレス帳に登録をしてもらった。

「なんて名前で登録したらいい?」

 そう質問されたので「ボクの本名ですけど、◯◯◯◯でいいです」と伝えた。この辺に関しては、ボクはいつも無防備だった。毎回、実名を名乗っていたし、大学名も名乗っていた。ゲイ仲間という関係性を信じきっていた。しばらくすると彼からメールが送られてきた。

「そちらの名前は何て登録したらいいですか?」

 と質問した。ボクの質問を受けて、彼は恥ずかしそうに下を向いて携帯画面に何かを入力をし始めた。

 彼が入力を終わるまでに、30秒くらい時間がかかったと思う。何かを入力しては消して、また入力してと繰り返していた。「やっぱり少し変わった人だな」と彼の姿を見ながら、ボクは不思議と好感を抱いていた。ようやく入力が終わってから、彼は恥ずかしそうに顔を背けたまま、携帯の画面を突き出してきた。ボクは「何が入力されてるんだろう?」と思いつつ、携帯の画面を覗き込んだ。

「むげん」

 そう彼の携帯電話の画面に入力されていた。ボクは入力された文字の意味に、すぐに気がついて「えっ!」と驚いて彼の顔を見た。彼はまだ恥ずかしそうに顔を伏せて照れていた。

 むげん

 その名前が意味するものは一つだった。さっきボクの言葉を聴いて驚いた理由が分かった。
 
 むげん……Mugen……

 その名前は「京都ハッテン場ガイド」の管理人のものだった。

 きっと、Mugenさんは、このサイトの存在には気がついていないと思う。でも……もしかしたら、いつか読む機会があるかもしれない。

 Mugenさん。覚えていますか? ボクはあの時の大学生です。

<つづく>