新宿二丁目は魔法の街

 東京についた初日。ホテルに荷物を置いて新宿二丁目に行った。

 前職の時代。東京に何年も住んでいたのに、仕事ばかりしていたから新宿ニ丁目に行ったことは一度もなかった。ただ転職して福岡に引越しをする前に、一回だけ行こうとしたことがあって、新宿駅で降りて向かったけど、伊勢丹まで来て方向が分からなくなった。当時はスマホの地図アプリも無かった。かと言って通行人に「新宿二丁目ってどっちなんですか?」と質問する勇気も無くて、途中で諦めて帰った。

 今回、東京に来たついでに初めて新宿二丁目に行こうと思った。ゲイブログを書いている立場上、どんな街なのか自分の目で見ておきたかったからだ。

 ところで新宿ニ丁目と言えば、去年の秋頃に見た、橋口亮輔監督の映画『ハッシュ』が、すぐに頭に浮かぶ。

 ゲイの主人公二人が、新宿二丁目と思われる場所で目が合って振り向く。そのまま場面が新宿二丁目から変わって、次のシーンでは一緒に寝ていて、ベッドから起きるシーンに変わる。

 このシーンを観たボクは感激した。

 流石は……新宿ニ丁目だ!

 たまたま道で通り過ぎる時に、男同士で目が合っただけで、いきなり相手の家で寝て、しかも二人は同棲関係まで進展してしまうなんて!

 なんか激しく間違った印象を抱いてしまった気がするけど、ボクの中では、新宿二丁目は、ゲイにとっては「魔法の街」のように思えていた。

 新宿二丁目に着いたのは、まだ夕方だった。ボクは2時間かけて魔法の街の裏路地まで全て歩き尽くした。

 まだ夕方なのに、既に何人かゲイがいた。男同士で手を繋いで歩いているカップルも見かけた。ウブなボクは「夕方からなんて大胆なことをするんだ」と驚いてジロジロと見ていた。福岡の新宿二丁目にあたる住吉ですら、夕方に男同士で手を繋いで歩いていないと思う。

 流石は魔法の街。新宿二丁目。

 ボクはますます勘違いをエスカレートさせていった。

 徐々に街が暗くなるにつれて、ゲイの人数が増えていった。観光目的の外国人も増えていった。店の電気もついて徐々に二丁目の歓楽街の範囲も拡大していった。中央のメイン通りに当たる「仲通り」の交差点に立って、通りを歩いている人たちを眺めていた。店から漏れてくる会話に耳を澄ませていた。

 誰かと一緒に観光するのもいいけど、一人で観光する方が好きだ。ある場所に行って、その景色をじっくり眺めて、いろいろと想像して楽しむのが好きだ。

 そうは思いつつも、ボクは何度か好みのタイプを見かける度に、しつこく相手の目をじっと見ていた。ただ目が合っても全員からスルーされてしまった。

 もしかしたら……たまたま目の前を通り過ぎた好みのタイプの男性と目が合って。そのまま彼と会話が始まって。たまたま彼も観光に来た同じ福岡に住んでる人で。ゴールデンウィーク明けには、彼の家に同棲を始めて……

 そんな魔法を期待していたのに、残念ながら無駄だった。

「そろそろホテルに帰ろうかな?」と思ってスマホを見ると、ゲイブログを書いている「たぬ吉さん」から「神原さん、東京に来てるんですか?」とtwitter上で投稿されていた。恐らくボクが新宿二丁目の写真を投稿したのを見て反応したんだと思う。

 以前から、このサイト上で公言してるけど、ボクは「たぬ吉さんのことが好き」だ。

 もしゲイブログを通して、初めて誰かを会うのなら彼かヤシュウさんと会いたいと思っていた。でも恥ずかしい気持ちもあって、自分から声をかけることができずに諦めていた。

 ボクが東京に来たのは金曜日だった。

 たぬ吉さんは金曜日になると、どこかで「聞き屋」をやっているのを知っていた。そして聞き屋をやる前に、必ずtwitter上で、「●●●で聞き屋をやります」と告知するのも知っていた。もし、彼がtwitterで聞き屋の告知をしたら、その場にこっそりと行こうと思っていた。でも……そんな偶然は起きないだろうとも思っていた。必ず毎週金曜日にやるわけではないのも知っていた。

 その夜。ボクは新宿二丁目を離れてたぬ吉さんと会うことになる。

 本当は彼と会って話したことは書かない予定だったんだけど、たぬ吉さんの方が触れてしまったので、ボクの方も少しだけ書くことにする。

 彼と会って一番最初に「この人好きだな」と思ったのは、店に入ってメニューのリストを、時間をかけてじっくり眺めている顔を見た時だった。次に「この人やっぱり好きだな」と思ったのは、注文が終わって話し始めた時だった。一言一言を大切するように自分の中で反芻してゆっくりと話していた。ボクの勝手な推測だけど、たぬ吉さんを取材した朝日新聞の原田朱美さんは、ボクと同じくたぬ吉さんの話し方、話す時の雰囲気が好きなんじゃないだろうか?  彼女は記事の中で、何度かたぬ吉さんが話してる時の様子を書いていた。

 たぬ吉さん自身は、そんな自分のことを嫌ってるのかもしれないけど、もしそうなら「そこが君の素敵なところだよ」と伝えたい。

「あぁ……この人なら、あの魅力的な文章を書くだろうな」と思いながら、ずっと話していた。結局、かなり長い間、彼と話してしまった。たぬ吉さんと会ったことは、これ以上は書かない。書かないで自分の中だけで大切にしまっておきたい。

 そして翌日の夜。

 新宿三丁目のルノアールでこのサイトの記事を書き終えた。そして前日からほとんど寝てなかったので、最後にもう一度だけ新宿二丁目に少し立ち寄ってから、ホテルに戻って早く寝ようと思っていた。

 新宿二丁目に入って街を眺めて歩いてると、ある福岡に住んでいる男性からメッセージが来た。ボクは最近、この人とメッセージのやり取りをしている。

 その夜。ボクは彼とリアルで会う日付を半ば強引に決めてしまった。

 普段なら相手から声をかけてこない限りは、絶対ならないような展開だった。結構な勇気が必要かと思ったけど、気がつくと彼にメッセージを送っていた。このサイトを通して、メッセージのやり取りを始めたので、もしかしたら、この文章を読んでくれてるかもしれない。5月3日の「はかたどんたく」の日には、メッセージのやり取りをしてたのに勇気が出なくて打てなかった内容だった。お互いが1キロぐらいの距離にいたのに「会ってみない?」とは打てなかった。

 恐らく、前日にたぬ吉さんと会ってから、ボクの中にあった「ゲイのままで誰かと会うのが怖いという壁」が壊れてしまったのかもしれない。

 彼とのメッセージのやり取りを終えた後、しばらく街を眺めていた。

 たった2日間、新宿二丁目に来ただけで色々なことが起きた。

 近くで店長と上半身裸の店員が言い合いをしていた。その言い合いを集まった人たちが見物していた。路地裏では飲み過ぎて吐いてる若い男性がいた。ビルの前では真っ赤なスカートを履いた綺麗なニューハーフがティッシュを配っていた。理由は分からないけど、ゴミ捨て場を撮影している若い男性がいた。バーの前では30人以上の外国人が酒を酌み交わし騒いでいた。赤信号を無視して車や原付が走っていた。

 ボクには理解できないような複雑な街だけど、少なくともボクは「やっぱり新宿二丁目は魔法の街なのかもしれない」と思った。

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