ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています@福岡

ゲイ集う成人映画館の手記<14>

 ボクは大学時代まで、ある程度の高齢になると人は性欲が無くなるものだと思っていた。そして性欲が無くなるのであれば、ゲイという縛りも老人になれば消えてしまうものだと思っていた。そんなことを考えて少しばかり老後に明るい希望を持っていた。年齢を重ねることによって、性欲が薄れていって自分の中のゲイという要素も薄れていくものだと思っていたから、早く歳を取りたいと思っていた時期もあった。

 でも大学時代まで性知識なんて、同級生同士の会話程度しかなかったから無知だった。

 そんなことは全くないんだということを映画館に集まる人を見て知った。野外のハッテン場で見かけた人たちは50代か60代くらいだったけど映画館に来ている年齢層は、それを上回っていた。

 やっぱり……自分がゲイだという要素は死ぬまでついてまわるんだ。

 映画館に集まる高齢のゲイたちを見て、なんだか暗い気持ちになった。

 いつかボクも歳を取ったら野外のハッテン場や成人映画館に来るようになるのかな? そしてつまらない映画を見ながら、若い子が来るのを待つのかな?

 そんなことを考えると気が滅入った。

 よし……映画館がどんな場所か分かった。これで帰ろうかな。

 映画館に入る前にも書いたけど、ボクには「縛り付けるもの」がある。映画館に入る前に、その「縛り付けるもの」と対話して妥協点を見つけた。その妥協点は「映画館には入るけど、決して乱交のようなことをしない」というものだった。

 あくまでゲイ向けの成人映画館。「シネ・フレンズ」がどんな場所なのか見物するという目的で入るというものだった。既に目的には達していた。

 最後に劇場を見渡した。

 上映中の映画では、二人の男性の役者が防波堤の鉄柵にもたれて話していた。相変わらず酷い棒読みだった。

 何人かの男性がボクの方を凝視していた。

 きっと座席に座って無防備な格好をしてると、すぐに襲われるんだろうなと思った。でも襲われてみたいという欲望があるけど、ボクにはそんなことは到底できなかった。ボクの中にある「縛り付けるもの」が、そうすることを許さなかった。

 ボクは映画館を出ることを決めて出口に向かった。そしてカーテンをめくってドアを開けた。受付の年配の男性は、すぐに出て来たボクの顔を見て、「えっ?もう出てきたの?」と驚きの顔をしていた。ボクは申し訳ない気持ちになって、頭を下げながら受付を通り過ぎた。そして受付からの「ありがとうございました」という言葉を聞きながら映画館を後にした。

 滞在時間は15分から20分程度だった。

 ホモ映画館から出て来たなんて、恥ずかしい姿を見られたくなくて、そのまま足早に「下町者通」まで歩いた。そして「ここまで歩けばホモ映画館から出て来た姿を見た人はいないだろ」という場所まで来たので、ゆっくりと歩きだした。

 ホモ映画館から出て来た奴。

 そんな目で見られるのが怖かった。シネ・フレンズ があった界隈は、飲食店などの雑多な店が多くて誰に見られているか分からなかった。通り過ぎる誰かがボクの姿を見てたんじゃないかと思うと後ろめたかった。

 ただ成人映画館が、どんな場所なのか見学に行っただけだ。だから後ろめたいことなんて何もない。

 そう考えて「ホモ映画館に入った」という罪悪感を拭おうとしていた。

 いつの間にか、降っていた雪は止んでいた。ただ夜になって寒さはずっと冷え込んでいた。ボクは50分近く歩いて家まで戻った。そしてホモ映画館に行ったという罪悪感を感じながら、一人で手淫をして溜まっていた性欲を発散させた。

<つづく>