ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています@福岡

ゲイとしての地方での居場所作り<転編>

 これから書いていく、ボクの気持ちの遷移を文章にするのは初めてだ。

 当初は2月から3月に書いた『ゲイブログを書く前後』の中に入れようかと思ったけど話が逸れてしまうので削ってしまった。

 このサイトを書き始めた当初。

 文章を書くための時間を毎日確保するできるように、自分の生活時間を棚卸ししていた。ボクは器用じゃない性格から、まずはきちんと書く時間を確保する必要があった。
 
 仕事場に行く前の準備時間は40分。

 通勤時間は徒歩の行き帰りで、帰りのスーパーでの買い物を入れても50分。これは運動を兼ねている時間だから削れない。

 料理を作る時間は40分。これは時間を短縮するために調理家電でも買おう。

 他にも洗濯は干す時間を含めて10分。アイロンをかける時間は10分。掃除機をかける時間は10分。皿洗いをする時間は10分などなど……

 テレビは朝のNHKニュースを30分ぐらい見ればいいから、それ以外のダラダラ見ていた時間は削ろう。

 手軽に掃除ができるように家具などの不要な物は、少ししか持っていなかったけど更に削ることにした。物を置く位置を調整して、どこに置いたら時間を更に削れるのか検討していった。

 そうやって日々発生する面倒くさいことを頭の中で整理していった。もしくは紙に書き出して整理していった。それをパズルのように時間配分して組み立てて、「こうやったら、面倒くさいことを効率化して短くできるかな?」と試行錯誤していった。

 ただ、「新しい面倒くさいこと」や「イレギュラーな面倒くさいこと」は毎日発生してくる。

 生きてると……面倒くさいことが次々と起こってくるな……
 
 そう思いながらも、新たに発生した面倒くさいことを、整理して時間の調整をしてパズルを組み立てていった。

 このサイトを読んでくれてる人は、なんとなくボクの性格が分かってくれると思うけど、ボクは少し極端な性格をしている。「面倒くさいことを無くす」と決めたら、本気で取り組んでしまう。その性格が災いして、次々と面倒くさいことを整理したり排除していった。

 面倒くさいことを整理して時間の調整を行うことは、いい面もあった。

 それは日常生活が習慣化されていって生きるのが楽になったこと。

 毎日のペースが同じになって、朝起きてから「次はこれをして。その次はこれをして」と、自然と体が動くようになった。つまり生活のリズムが一定化できた。面倒くさいことを整理したおかげで、こうやって毎日文章を書き続けていくことができるようになった。

 やっぱり文章を書く時間を確保するために、面倒くさいものは排除するに限るよね。

 そう思い始めていた。

 でも一方で、文章を書きつづけて変わっていく自分の気持ちとの間に、齟齬が生まれてきた。

 このまま果たして、面倒くさいことを排除していっていいのだろうか?
 
 文章を書き続ける時間を確保するために、面倒くさいものを次々と排除している。でも文章を書き続けていって、その先に目指しているものは……ボクがたった今、面倒くさいと排除しているものなのではないだろうか?

 文章を書く日々が長くなるにつれて、そう漠然と気づき始めた。

 ボクが文章を書き続けていって目指しているものは、面倒くさいものと排除しているものなのかもしれない。

 この事実に気がついたのは去年の12月から1月。

 結局、ボクが毎日文章を書き続けながら目指していたのは誰かと人間関係を築くことだった。

 それは単純な家事労働と違って……とても面倒くさいものだった。

 でもボクは、その面倒くさいと思うものが欲しくてたまらなかった。だからずっと文章を書き続けてきた。

 先日にも触れたけど、九州に住んでいる「なおさん」という方から、『逃げるは恥だが役に立つ』というドラマを見るように勧められた。ボクがこのドラマを見たのは3月。

 そのドラマの最終回で、主人公の津崎平匡(星野源)が以下のような言葉を話している。

面倒を避けて避けて、極限まで避け続けたら…歩くのも、食べるのも面倒になって、息をするのも面倒になって…限りなく死に近づくんじゃないでしょうか? 
 
生きていくのって、面倒くさいんです。
それは1人でも2人でも同じで、それぞれ別の面倒くささがあって、どっちにしても面倒くさいんだったら、一緒にいるのも手じゃないでしょうか? 
話し合ったり、無理な時は時間を置いたり、だましだましでも、何とかやっていけないでしょうか? やって、やれないことはないんじゃないでしょうか? 

 ちょうど、このドラマを3月に見た時。ボクはこのセリフと同じことを考えていた。

 生きていくのって面倒くさい……誰かと関わるのも面倒くさい。

 でも、その面倒くさいものを含めて誰かと分かち合って生きていきたいと思っていた。

 

 

<つづく>