ゲイとして生きる君へ

中学時代に同性愛に目覚めカミングアウトしてました。過去や現在のことを綴っています。毎日更新中@福岡

小説家の仮想空間カムアウト<3>

このサイトで、過去に『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』(以下:カノホモ)のレビュー記事を書いたけど、その中で以下の文章を書いている。

作者の浅原ナオトさんってどんな人なんだろう……
ボクは作者の浅原ナオトさんについてもっと詳しく知りたくなった。作者がどこの出身なのか? 何歳なのか? もっと詳しい情報が知りたくてインターネットで調べてみた。でも浅原ナオトさんについての情報は落ちていなかった。本の背表紙に書いてあるかと思ったけど何も書いていなかった。どんな人なのかすごく興味がある。

いろいろと遠回しな表現で書いているけど、

簡潔に表現すれば、

浅原ナオトさんってホモじゃないだろうか?

の一言で終わる。

ただボクはホモで、そのホモのボクが浅原さんがホモじゃないか?と思って、ホモがホモ探しをして、ホモを見つけてもしょうがない訳で、それに彼がホモだと分かったことで、ホモのボクに何のメリットもないわけで、でもホモのボクとしては彼も同じホモなのか気になる訳で、だからと言って、そんなホモみたいなことを思ってるのを、ホモだから堂々と書くことも出来ずに、あえて遠回しなホモぽい表現で書いた。

あぁ……またゲイブログを書いている「たぬ吉さん」の美学に反する言葉を沢山書いてしまった。

でも、この文章ではあえて「ホモ」という言葉で書き続けていきます。

ボクは小説を読み終わってから、カクヨムに掲載されていた、浅原さんの他の小説も読んでみた。でも『カノホモ』の関連作品以外は、彼がホモだと思える内容はなかった。ますますどっちなんだろうという疑念を強めていった。

小説家であれば、本の背表紙にプロフィール欄があって、生まれた年や出身地や出身校などの経歴が、少しは書かれていると思う。でも浅原さんに限っては、まるで意図して隠しているかのごとく情報が見当たらなかった。

こうなったら仕方がない。ホモの意地を見せてやろう。

もちろん、ホモは全員やってると思うけど。街なかでイケメンの男性を見かけたら、インターネットを駆使して、その人の名前や住んでいる場所やSNSのアカウントなどの個人情報が落ちてないか調べるという。

いわゆる「ネットストーカー」というやつだ。

その人の名前やどこに住んでいるか分かれば、その名前を見ればニヤニヤするし、地図で彼の住んでいる街を見ればニヤニヤするという、いつものやつだ。

えっ? やっていない? もしかしてボクだけなの? そんなことないよね?

え〜と。とにかく……ボクは数日間、浅原ナオトを追い回す「ネットストーカー」と化した。

アカウントを持っている全てのSNSをチェックした。カクヨムのページを全て開いて確認して、彼がホモであるという証拠が落ちていないかチェックした。リアルタイムで投稿されている、浅原さんのtwitterアカウントの発言も、一文字も逃さずぬチェックしていた。

もはや狂気と言わざるをえない。そんなエネルギーがあるなら、もっと別に有効活用しろと言いたくなる。

ホモのボクは、彼がホモだという馬脚を現さないか調査して監視していた。

そして一週間くらい経って諦めた。

調査結果は完敗だった……

浅原ナオトはホモだと思われるけど、ホモじゃないかもしれない。こんな不確定な情報しかなければ立件もできない。

もう浅原さんがホモだろうがなんだろうが、ホモのボクには関係ない。

むしろ彼の書いた小説やtwitterの文章を読んで、その文章の断片から、彼がホモなのかホモじゃないのか想像して楽しむことにしよう。

そう考えることにした。

ボクが作者の浅原さんをホモじゃないだろうか?と疑ったのは、2つ理由がある。

1つ目の理由は、新宿二丁目やゲイアプリなどの、ゲイ界隈に関する情報がリアルだったこと。でも、この理由に関しては、他の小説家でも取材をすれば分かる範囲だと思った。

2つ目の理由は、主人公の心理描写だった。

過去に書いたレビュー記事の中で、以下のように書いた。

ボクは、この本を読み始めた当初、心の中で「どうせ同性愛者が救われる展開なんて難しいだろうから中途半端に終わるんだろうな」と馬鹿にしながら読んでいた。

この小説を読み始めて、ボクは主人公の「安藤純」のことを、いけ好かない奴だと思った。

なんて……共感できない嫌な主人公なんだろう。

そう思って序盤で本を読むのを一旦止めた。あまりに主人公に共感できなくて、本を読む意欲が失せたからだ。

そして翌日になって再び読み始めた。

なんで主人公に共感できないのか分かったからだ。

主人公をいけ好かない奴だと感じた理由。それはボクと似ていたからだ。

<つづく>