ノンケに生まれ変わりたい<11>

この片原さんとの会話後、しばらくの間、杉本君が京都に来ている事実に怯えていた。いつ彼と出くわさないか怯えていた。

「よっ。ホモ。久しぶり!」

そんな気楽な感じで、いきなり声をかけられても困る。大学時代のボクは完全にゲイである側面を隠して生きてきた。もしゼミやサークルメンバーの前で、「ホモ」なんて言葉で呼びかけられたら、みんなびっくりするだろう。

あの日以降、片原さんの口から杉本君の名前が出ることはなかった。

ボクは安心しつつも、心のどこかで心配していた。同じ地元の同級生が一人いたということは、ボクの知らないところで、もっと沢山いてもおかしくない。それにこれから何十年もの人生を歩んでいる上で、知り合いと全く出くわさないなんて、それこそ奇跡に近いと思う。

もしボクが本当に「ノンケ」に生まれ変わっていたら「ホモ」と言われても胸を張って否定できるかもしれない。過去の同級生と出会っても堂々としていられるかもしれない。

でもボクは相変わらず「ホモ」だった。

「ノンケ」を装っているだけで「ホモ」のままだった。

この話には続きがある。

それから1年半後のことだ。

サークルの飲み会があって四条河原町に向かうため、バスに乗って烏丸通を走っていた。後ろから3番目の席に座って、夕暮れの外をぼんやりと眺めていた。そして四条通に近づいた時だった。ボクの目に知った顔が飛び込んできて、窓ガラスに顔を近づけた。

あっ……もしかして杉本君?

自転車を漕ぎながらバスと同じ方向の南に向かっていた。バスは四条烏丸の交差点で赤信号で止まった。杉本君と思われる人物も自転車に跨ったまま赤信号で止まっていた。

ボクはその人物を注意深く見た。

彼に間違いない。本当に京都にいたんだ……

そう思った。昔の面影が残っていて顔も背丈もそっくりだった。間違いなく彼だった。彼はバスの中から見ているボクの存在に気づくこともなかった。

久しぶりに地元の同級生の顔を見たという嬉しさは全くなかった。

ただ知り合いと出くわしたことが怖かった。心臓が恐怖でドキドキと脈打って、手と足に力が入らなかった。早くバスから降りたくてしょうがなかった。彼がこっちを振り向いて、ボクの顔に気がついて手を挙げるんじゃないかと思うと怖かった。

しばらくしてバスは動き出して河原町方面に左折した。彼はそのまま南に向かって自転車を漕いでいった。ボクはそのまま遠ざかっていく彼の背中を見ていた。

その後、平静を装ってサークルの飲み会に参加した。でも、ずっと彼と出会った事実が頭の中にあった。二次会に移動する時も、たまたま彼とすれ違うんじゃないかと想像して怯えていた。

あれから杉本君の顔は見ていない。

ボクは10年以上経った今でも、ゲイだと知る過去の人物が目の前に現れるんじゃないかと怯えている。ボクが積み重ねてきた嘘を剥ぎ取って、事実をぶちまけるんじゃない人物が、突然に目の前に現れるんじゃないかと怯えている。

「よっ。ホモ。久しぶり!」

「それは昔の話で、今はホモじゃないよ!」

そう自信を持って言えたら、どんなに楽だろう。地元にも堂々と帰れるのかもしれない。捨ててしまった過去を、もう一度だけ拾い集めることができることができるかもしれない。

でもボクは相変わらず「ホモ」だった。

<つづく>

※長らく書くのを止めていた章ですが、最後まで書きます。