彼女がT先輩と付き合おうがボクには知ったことではない。彼女とはただの友達という関係で反対する立場でもない。
彼女が自由意思で選べばいい。
そう思って、仮に彼女がT先輩と付き合ったとしても全く関係ないと思っていた。でも一方で彼女がT先輩を選ばないという自信があった。彼女の好みのタイプとはかけ離れていて、絶対に付き合うことはないという確信を持っていた。
「ふーん。そうなんだ」
疑い深そうな目で見てくるT先輩。その視線が鬱陶しかった。
そうだよ。あなたの話しかけている人間は、ゲイだから男性にしか興味がないんですよ。そんな心配する必要は全くありません。
そんなことを心の中で思いながら、無視して目の前の料理を食べていた。
「神原くんは片原さんとの関係に関わら無い方がいいよ」
「はぁ……わかりました」
ご丁寧に最後の釘まで刺してくれた。
彼女と関わろうにも何も、どちらかと言うと積極的に連絡を取ってくるのはボクじゃなくて彼女の方だった。でも、もう彼女とT先輩との面倒くさい話に巻き込まれるにはごめんだった。男女関係のもつれに関わりたくなかった。
ボクはT先輩の雰囲気から察して、きっと近いうちに彼女に告白するだろうと思った。
あーあ。この人は分かってないな。そんな性欲をギラギラして近づいても彼女は嫌うだけだよ。彼女と仲良くなりたいのなら。まずは男友達から始めないと難しいと思うよ。
適当に会話を合わせながら、そんなことを思っていた。
彼女がトイレから戻って来た後、ボクらは何事もないかのように会話を続けた。そして店を出ると、T先輩が彼女を「送って帰る」と言うので、ボクは彼に任せてさっさと帰っていった。
彼女の住んでいるアパートは大学周辺になって、女子大生目当ての痴漢も出てくるので、いつもはボクが送っていた。実際に痴漢が出てきた時のボディーガードとして役に立つかは別として、少なくとも彼女に対して邪念を起こさないという点では、ゲイのボクは便利な存在だった。
別れ際、なんとなく彼女の視線が気になったけど、もし彼女が彼と寝ても、ボクには関係のないことだと思っていた。
ボクは彼女のことが好きだった。でもそれは一人の友達として彼女が好きなだけで、それ以上にはなりえなかった。
数週間後、やっぱりT先輩は彼女に告白した。
そしてボクの予想通りにフラれた。
どうやらT先輩は彼女のアパートまで押しかけて、部屋に入れてもらえなかったようだ。彼女をアパートまで送ったりしたのは、アパートの部屋の位置を知りたかったんだろう。
彼女からT先輩のいきさつを聞きながら、「あのアパートはそんなに敷居が高かったの?」と意外に思った。
ボクは管理人の老夫婦からも顔を覚えられていた。他の部屋の女性が、彼氏を連れ込んでいるのを見かけたけど、恐らく老夫婦から見たら、ボクは同じように「彼氏」だったのかもしれない。まさか男性が朝方まで女性の部屋にいて、指一本触れていないなんて想像もしないだろう。
彼女がT先輩を拒絶して数週間。
この頃から、妙な噂がサークル内で流れていることに気がついた。
その噂は「ボクと彼女が付き合っている」というものだった。でもそれは以前から疑われたことがあったので、否定すればよかった。
でも今回は、さらに追加情報が付与されていた。
「ボクが彼女を独占したくて、S先輩とT先輩が彼女と付き合うのを邪魔していた」
という、尾ひれがついていた。
ボクがあれこれと画策して、彼女にS先輩とT先輩の悪口を言って、二人と別れさせたという噂がまことしやかに流れていた。でもT先輩は接点がなかったけど、ボクはS先輩のことが好きだから悪口を言う訳がなかった。むしろ「二人の関係がうまくいって欲しい」と本気で願っていた。
なんて……めんどくさい噂なんだ。ボクが彼女を独占しようとしている?冗談じゃない。 ボクが恋愛感情を抱くのは「男性」に対してで「女性」には興味がない。それが証拠に、ボクは彼女と一緒にいても、一度たりとも欲情したことがない。こんな誤解を受けるなんて迷惑だ。そもそもボクは普通の大学生活を送りながら。夜になったら有料ハッテン場に行ったり、野外のハッテン場をめぐり歩いたり、出会い系の掲示板に書き込んで誰かと会ったりと繰り返していた。君たちもボクの正体を知れば、この噂がどれだけバカバカしいか理解できるよ。
そう声を大にして言いたかった。ただそれを口にすれば、新たに別の噂が発生するだけだった。ボクはサークル仲間から、事実を聞かされても、愛想笑いをしながら、「そんなことないですよ」と答えていた。
ただ、どんなに否定しても彼女とキャンパス内で二人で歩いている姿を見られると「やっぱり」という周囲からの疑惑が深まってくる。
結局、噂話は消えることがなかった。S先輩は変わらずに接してくれるけど、T先輩は明らかに距離を取ってきた。
その噂話を打ち消すことを諦めて、ボクはサークルを辞めた。
<つづく>