深夜のカミングアウト<13>

彼とのメールのやり取りに関しては、こんなエピソードがある。

仕事帰りに総武線に乗っていた時のことだ。電車内はそれなりに混雑していた。ボクは携帯電話を出して、村上君とメールのやり取りをしていた。

メールの内容は、前述したものと変わりない感じだった。そんな内容で返信の文章を書いている時だった。

「気持ち悪い……」

突然に耳元で、そんな言葉が聞こえた。

ボクは何が起こったのかわからず、電車の窓ガラスに映っている自分の姿を見た。

ボクの背後にはメガネをかけ40代ぐらいの男性がいた。なんだか疲れ切った感じの人でスーツの服装も髪型も乱れていた。その男性は右肩越しに、ボクの携帯画面をじっと覗き込んでいた。

この人が今の言葉を言ったのかな?

ボクは携帯電話を閉じてガラス越しに彼を見ていた。すると彼も窓ガラス越しにボクと目を合わせてきた。

「気持ち悪い」

窓ガラス越しに目を合わせたまま、そうはっきりと言った。

やっぱりこの人が言ったんだ。

ボクはメールのやり取りの一部始終を彼が見ていたことに気がついた。彼はボクの耳元に唇を寄せて、

「気持ち悪い……気持ち悪い……気持ち悪い……気持ち悪い……」

数秒ほど感覚を空けて同じ言葉を繰り返した。

彼が何度も繰り返して言うから、周囲の人も不穏な空気に気がついて、ボクらと距離を取り始めた。

「気持ち悪い……気持ち悪い……気持ち悪い……気持ち悪い……」

ボクは身動きができなかった。

彼はボクの背後に立ったまま、ガラス越し目線を合わせたまま同じ言葉を繰り返していた。窓ガラスを見ていると、彼と目が合ってしまうので、ボクは足元を見た。目線を合わせなくなっても、彼は同じ言葉を繰り返していた。

「気持ち悪い……気持ち悪い……気持ち悪い……気持ち悪い……」

そのままボクは黙って自分の足元を見続けた。そして電車が駅に着いてドアが開いた瞬間。逃げるように電車から降りて、急いで車両から離れた。

しばらくして後ろを振り返ってみると、彼の姿はなかった。ボクはホームで次の電車が来るのを待った。

気持ち悪い……か。

中学時代や高校時代には、毎日のように言われていた言葉だった。ただ、ゲイであることを隠した大学時代にからは言われることが無くなっていた。

彼の言う通り、ボクの書くメールは「気持ち悪い」だろうなと思った。

携帯画面には送り先の相手の男性の名前が出ていた。同性相手に「カッコイイ」。「イケメン」。とか送っていたら、そう言われてもしょうがないと思った。

気持ち悪い。

約10年ぶりに浴びせられた言葉だった。

ボクは好きな人には「好きだ」と素直に気持ちを伝える性格をしている。

これはもう子供の頃からの個性だった。どうしてこんな個性を持ったのかは分からないけど、それを変えようにも変えることはできない個性だった。

<つづく>