僕が一番欲しかったもの<4>

ボクはシャワーを借りて部屋に戻った。彼は寝室から居間に移動していて、こたつに横になっていた。そして仰向けになったまま、おでこを手で抑えて苦しそうにしていた。

「大丈夫ですか?」

ボクは恐る恐る声をかけた。「テレビをつけてもらえる」と言われたので、リモコンを探して電源を入れた。

「ごめんね。ラッシュを使った後は、いつもこうなるんだよね」

さっきまでの「ドS」の口調は消えて、「ドM」に戻っていた。

「こうなるって?」
「一気に燃え上がって、その後は動けなくなっちゃう。頭がズキズキして吐き気がする」

「そんなにきついなら使わなきゃいいのに」と思ったけど黙っておいた。生意気なことを言って、また「ドS」に豹変すると、今度は髪を掴まれて床に叩きつけられそうだった。ぐったりと寝っ転がっている彼の姿を見ていると、どこにあんな力が眠ってるんだろうと不思議に思った。

これはボクの勝手な持論なんだけど、「ドM」の人って、一周回って「S」になる要素を隠し持っているような気がする。これは中途半端な「S」と「ドM」の人が肉体関係を持った時に顕著で、「あれ?どっちがSで、どっちがMなんだろう?」と立場が逆転しているように感じたことが多々ある。特にボクみたいな「S」と「M」の、どっちも中途半端な立場だと、そういったケースに遭遇する。

彼は朦朧とした目でテレビを眺めていた。ボクも一緒にテレビを見ていた。

バラエティー番組が流れてて見知らぬ芸能人が騒いでいた。彼は「○○君かわいい」と芸能人を見て言ってたけど、ボクには誰のことを言ってるのか分からなかった。その番組に出ている芸能人で知ってる人はいなかった。

「もう帰りますね」

これ以上、彼と話すことはないように感じた。

「うん。後で鍵を締めるから、そのまま出ていいよ」

彼はまだ頭痛がするのか、苦しそうに頭を抑えてながらテレビを見ていた。立ち上がることもできなさそうだった。

「ありがとう。今日は気持ちよかったよ」

どこまで本心なのか分からないけれど、とってつけたかのように聞こえた。

「いえ……こちらこそ」

そう言って立ち上ると声をかけらた。

「また連絡していい?」
「うーん。そうですね……」

ボクは微妙な感じで返答を濁した。これで相手は察してくれると思った。もう彼と会うことはないだろうと、ボクは心の中で決めていた。

「そうか……じゃあね」

きっと彼はボク以外にも、多くの人と関係を持っているだろうと思っていた。別にボクである必要なんてないはずだった。

部屋を出る前に、寝ている彼の側に行って、

「さようなら」

そう言って腕を取って握手した。別れの握手のつもりだった。

彼は寝転がって笑いながら握手を返してくれた。

アパートから外に出ると、京都市内の街はめちゃくちゃ冷えていた。数日前に降った雪が中途半端に残ってて、地面を濡らしていた。

寒いっ…

シャワーを浴びて外に出たせいか、体温が一気に奪われている感じがした。

初めてのバック。入れられる方も、入れる方も、同時に経験してしまった。

あっという間だった。

まさか今日、こんなことを経験するなんて思ってみなかった。

相手の男性は名前も知らない人で、次に会うこともないような行きずりの関係だった。もっと、きちんと付き合って好きになった人と経験するものだと思っていた。

<つづく>