僕が一番欲しかったもの<5>

ゲイの世界は肉体関係が優先されることが多い。そのことを嫌っていたのに、結局はボクも同じことをしていた。

こんな自分のことを知ったら幻滅するだろうな?

そう思いつつ、両親や友達のことが頭の中をよぎって「罪悪感」を感じていた。さらに見知らぬ人と肉体関係を持ったことにも「罪悪感」を感じていた

でも、もっと別の感情が、自分の中で蠢いていた。

「なんだろう」と思って自分の気持ちに素直に向き合って気がついた。

さっきの気持ちよかったな……

ボクは「罪悪感」と同時に「快感」を感じていた。

初めてのバックの経験で、挿れる方と挿れられる方の両方を同時に経験してしまった。そのどちらも素直に気持ちがいいと思った。名前も知らない相手だったとはいえ、やっぱり気持ちが良かった。まだ体には痛みが残っていたけど、それを含めて気持ちよかった。一人で性欲を処理よりも、よっぽど気持ちが良いと思った。

あんなに気持ちがいいのなら、また経験したいと思った。

有料ハッテン場で複数人を相手にバックをしている人の気持が分かった。セックスに病みつきになる人の気持ちが分かった。

それにしても本当に寒いな……

側を通りぎていく車は、溶け始めた雪にスリップしないように速度を落として走っていた。

ボクは見知らぬ人と肉体関係を持ったという「罪悪感」と、初めてバックをしたことに「快感」を同時に味わっていた。「快感」を感じたことに対して、さらに「罪悪感」を感じるというスパイラルに迷い込んでいた。

この関係を本当に好きな相手と持てたら、もっと気持ちがいいだろうなと思った。

ボクと彼との間は、肉体的な関係だけで精神的な関係はゼロだった。

いつの日か、本当に好きな相手と関係を持ちたいと思った。

長い間歩き続けて、ようやく家にたどり着き、もう一度シャワーを浴びることにした。

冷え切った体が温まって生き返った。念入りに体や髪を洗った。念入りに歯磨きやうがいをした。そうやって彼と接触した痕跡を消そうとした。

夜遅く日付はとっくに変わっていた。そろそろ新聞配達のバイクの音が聞こえてもおかしくない時間帯だった。疲れた体を這うようにして布団に入った。

まだ初めてバックをした「快感」が体に残っていて蠢いていた。

眠りにつく前に、ふとあることが頭をよぎった。

そういえば……あの人って大丈夫だよね?

ボクはあることに不安を感じた。でも「まさかね」と思い直して眠りについた。その時に感じた不安が、その後、数ヶ月に渡って苦しませることになるとは思ってもみなかった。

<つづく>