僕が一番欲しかったもの<8>

しばらく待ってみても掲示板上に続きの書き込みはなかった。

自分から「さっき書き込まれていた方の病気って何なんですか?」と投稿してみたかったけど、勇気が出なかった。

本当のことを知りたいと思う反面、本当のことを知りたくないという思いも持っていた。

ボクは今まで調べてもみなかった「性病」というキーワードで検索してみた。中学や高校時代の「保健」の授業で得た知識なんて役にたたなかった。

梅毒。クラミジア。淋病。ケジラミ。

それまで調べてもみなかった病名を本気で調べた。それらの病名の説明を読みながら、自分に何らかの症状が出ていないか確認した。もしくは彼に何らかの症状が出ていなかったかを思い出していた。

彼が持っている病気はどれなんだろう?

と説明を読みながら考えていた。

それらの解説ページには、病気の説明文章と一緒に、病気を発症した際の画像がついていた。その画像が目を伏せたくなるほど、どれも恐ろしかった。その恐ろしい画像が、さらにボクの精神を動揺させた。ただ病気にかかったとしても、すぐに治療すれば何とかなりそうなことが分かって、恐怖を感じながらも心を落ち着かせようとした。

ただ、それらの病名とは全く別次元の病名が一つだけあった。それは「HIV」だった。

もし「HIV」だったらどうしよう?

この病気だけは、どうやっても治療ができなさそうだった。

まだ2000年代になったばかりで、現在よりも有効なワクチンはなかった。大阪や京都などの関西方面のネットの掲示板でも「HIVに感染した」という書き込みを目にしたことが何度かあった。ただ、それは自分には関係のない出来事だと思っていた。

いやいやHIVは絶対にないはずだ。だって彼にはコンドームを付けさせた。ボクだってコンドームをつけたんだから大丈夫だ。

そう思うことで、必死に嫌な予感を振り払った。今となっては、彼にお願いしてコンドームをつけさせたことだけが唯一の救いだった。もしコンドームをつけさせていなかったら、もっと精神的に取り乱していただろう。

でも一度、取り乱した精神はどんどん悪い方向に向かった。

もしかしたらコンドームをつけない状態で、彼は一度でも入れていたのではないか? ボクがコンドームを付けるようにお願いしたタイミングは、まだ彼は一度でも入れる前のタイミングだったのか?

あの時の記憶を思い出してみては安心して、やっぱり不安になることを繰り返していた。

客観的に見れば、ネット上の冷やかし書き込みという風に見れなくもないけど、この時のボクは冷静じゃなかった。

初めてバックをした相手。タチとウケのどちらの意味でもバックをした相手。彼にはボク以外にも、沢山のセックス相手がいる気配があった。しかも彼はラッシュを吸って意識朦朧の状態だった。ボクからお願いしないと、コンドームをつける素振りはなくて、ナマのまま入れようとしていた。他のセックス相手とセックスする時も、相手から言わない限り、コンドームをつけるとは思えなかった。

彼とボクとの肉体関係で一番心配になったのが、髪を強引に掴まれて強制されたフェラだった。ボクは鏡を前に口の中を確認して、何か異常がないか調べてみた。でも何の異常も見当たらなかった。

大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。

そう頭の中で繰り返し唱えて眠りについた。

でも時間が経てば経つほどに、ボクの思考は悪い方向に進んでいた。

<つづく>